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奇跡。
運命。
並べられる言葉をどれだけ並べればいいんだろうか。

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髪、切る前にケジメつけたくて。裏返して封印していた写真。
黒いネックレスに緑の葉。
全部、そう、思い出も全部今日解禁。
あれからさ、何ヶ月も経ってやっと少し落ち着いたんだ。
でね、今日解禁。
やっと梨華ちゃんのこと、見れるよ。

裏返してた写真も、緑の乾いた葉も、黒く変わったネックレスも。

今日はさ、休みなんだ。
ついでに明日も休みなんだ。
多分ね、今日泣くと思う。
だから明日が休みで安心なんだ。
絶対目腫れるもん。

外はね、あの日と違ってすっごいいい天気なんだ。
晴れてるよ。
太陽も眩しいくらいで、クーラーのない私の部屋は暑いくらい。
夏なのかな。
もう、夏が来るんだよね。

毎年さ、ずっと一緒にたじゃん。
春も夏も秋も冬も。
春にはさ、一緒に沢山お昼寝したんだよね。
ずっと優しい風を吹かしてくれてた。
夏にはさ、ずっと一緒にいる時、私が日焼けしないように気を使ってくれてたよね。
木陰が出来るように一生懸命腕、伸ばしてくれてた。
秋にはさ、一緒に落ち葉拾いしたよね。
風で葉を集めて、たまにいたずらしてまき散らしたりしてた。
冬にはさ、肩寄せあって雪降るなか下に広がる景色を見てたよね。
暖かい風で私達の周りだけ雪を溶かしたりして。

今年の夏、私日焼けするかもよ。
すぐに色落ちちゃうかもしれないけど。
梨華ちゃんとずっとずっと一緒にいたかった。
ずっとずっと同じ時を過ごして、ずっとずっと同じ光を浴びて。
日焼けしたらきっと頬を膨らませて怒るんでしょ?
髪も切ったって怒るんでしょ?
たまにね、怒らせてみたくて虐めてたりしてた。
先に謝るね、ごめんね。
ジャージにTシャツ。
どっちもよれよれだよ。
だらしない服装。
梨華ちゃん見たら怒るかな?

そんなことを思いながら手を伸ばしてみた。
写真の中では、何も変わっていなかった。
当たり前かもしれないけど、その事実が悲しくて、嬉しくて、寂しかった。

『別れ』

そんな言葉を知らなかった時。
永遠に続くと思っていた頃。
変わらない写真、変われない写真。
変わっていく世界で無理矢理変わろうともがく私。
流れる時間は梨華ちゃんへの思いを強くしていっていた。

『忘れられるはずなんてないから』

だから忘れる努力もしなかった。
無理に決まってるから。
写真の下に置かれた乾いた葉、その上に置かれた黒いネックレス。
触れられずにいたからホコリが積もっていた。

『ごめんね』

この言葉を色んな意味を込めて呟いた。

『後悔』

本当に後から悔やむことばかり。
いつだって失ってから大切なものに気付くんだからたちが悪い。
後悔しないことなんて今までに一度だって無い。
いつだって何をしたってつきまとっていた言葉。
梨華ちゃんと話し終わって帰る途中、言い忘れたことがあった。
ささいなことでも後悔した。
その時間はその時にしかないから。

あんまりさ、私泣いたことないんだ。
だから上手な泣き方とかよく分からない。
でもさ、どうしてだろうね、勝手に零れてくるんだ。
口に入るとちょっと塩っぱくて、冷たいはずなのに熱く感じる。
結んだ口は歪んでくるし、押し殺そうとした声だって何でか出てきちゃう。
息が上手く出来なくって、立っていることだって出来なくなる。
やっぱり下手っぴな泣き方なのかな?
ねぇ、教えてよ。
私には分からないよ。
梨華ちゃん、教えてよ。

どうしたらこんなに苦しくなくなるの?
どうしたらこんなに辛くなくなるの?
どうしたらこんな弱い自分から脱出することが出来るの?
お願いだから、教えてよ。

 

 


どうしたら戻ってきてくれるの?


 

梨華ちゃん、逢いたいよ。
この気持ち、どうしたら届くの?

零れた涙が落ちていく。
ぽたっぽたっと音を立てて、落ちていく。

 

 

奇跡。
運命。
並べられる言葉をどれだけ並べればいいんだろうか。
私には分からない。

零れた涙は偶然黒くなったネックレスにひと粒落ちた。
黒かった所が少し取れ、懐かしい輝きが少しだけ見えた。
ネックレスから伝わった涙は緑の乾いた葉にこぼれ落ちた。
たまっていたホコリが流されて、涙は葉に吸収された。

窓は開いていないはずなのに、懐かしい優しい風が吹いてきた。
暖かくて、優しくて、悪戯するように私の髪を弄んで。
崩れ落ちた私に『立ちなさい』って言ってるみたいに。
だからよろよろ立ち上がった。
風はいつだって嘘をつかないから。

私の回りにいた風は、やがて目の前にある葉の方へと移動していった。
葉もネックレスも写真も持ち上げて、風はくるくる舞い踊る。
淡い緑の光りを放ち、透明な空気をつくり出す。

目の前で起こること、きっと普通の人なら信じられないんだろう。
私も梨華ちゃんに出会って、一緒に時を過ごしていなかったら信じられなかったと思う。
神秘的なんて言葉で済むかといったらそれはまた違う。
神々しさというよりも、優しさで溢れていたから。
緑の光り広がって行き、やがて辺を真っ白へと変えた。

きっと一瞬。
だけど永遠。

私が感じることが出来ない永遠を、風は一瞬だけ見せてくれた。
『永遠の一瞬の狭間』
人の踏み込めない領域。
それを見せてくれたんだと思う。

永遠の世界へと連れていかれたのは少し黒の落ちたネックレスに、涙を吸い取った緑の葉。
そして私と梨華ちゃんの写った古びた写真。
代わりに永遠の世界から呼び戻されたのは------
真っ白な永遠の世界が見えなくなり、部屋はいつものように静まりかえった。
風も何処かへと消えてしまっている。

きっと普通の人なら信じられないだろう。
梨華ちゃんに出会った私だって信じられないくらいだから。
産まれたままの姿で横になっているのは、いつも瞼の裏に見えていた彼女。
触れられなかった彼女。
感じられなかった彼女。
寝起きみたいに目を擦って、のんきに『おはよう』
きっと普通の人なら信じられないだろう。
私も梨華ちゃんを抱き締めるまで信じられなかったから。

 

奇跡。
運命。
並べられる言葉をどれだけ並べればいいんだろうか。
彼女を抱きしめて泣きじゃくる私。
感じられる温もりも、感じられる彼女の手も、全部全部本当のこと。

 

奇跡。
運命。
並べられる言葉をどれだけ並べればいいんだろうか。
きっとどれだけ並べても足りないような気がした。

 

 

 

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