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『別れ』

それは突然訪れる。
甘い時間の中に潜む透明で見えない侵食者。
私の力じゃどうにも出来なくて、本当に何も出来なくて。
無力という言葉を思い知らされた。

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雨が強く降っていた。
梨華ちゃんといつものように分かれて、雨が傘を打ち付ける中、
私は明かりのついていない部屋に入った。
何処かで雷が鳴っていて、私はそれを他人事のように聞いていた。

『20年の間で雷なんて何回も聞いていたから』
『そんな特別なことじゃないから』

こんな単純な理由。
他に考えるようなことはない。
その時はそう思っていた。
しばらく雷の音を聞きながら、私は布団に横になった。
明日も仕事だ。
特にやることもないのに起きていることもない。
シンプルな生活。
それをずっと続けて来たから。その日もそうやって眠りにおちた。

私の眠りを覚ます程の爆音が聞こえたのは多分深夜2時を回ってからだ。
『近くで落雷があった』
そう直感的に思った。
開き切らない瞼を擦り開け、閉めていたカーテンを開いた。
外は相変わらず大雨。
雨音が聞こえ、濡れた窓には水滴や葉など色々なモノがくっついていた。
窓越しに見た外。

 

煙りが上がっていた。

 

考えるよりも先にジャージにTシャツという姿のままで家を飛び出した。
サイレンが聞こえる。
傘をさしていない私に雨は容赦なく降り注ぐ。
大粒の雨はジャージにもTシャツにも吸い取られ、身体にくっつき、
走るという行為の邪魔をする。
伸びた髪を乱暴にかき分けて走り続ける。
スニーカーに溜まった水が音をたて溢れ出てくる。

 

遠い。

 

なんでこんなにも遠く感じる。

 

何でなかなか辿り着かない。
早く行かなきゃ。
早く行きたい。


 

彼女はあそこから動けないんだ。


 

息を切らして辿り着いた場所。
そこにはすでに何人かの野次馬がいて、消防士の人もいた。
ここからじゃ目を閉じても彼女の姿は見えないんだ。
声も聞こえないんだ。
だから近くに行かせて。
お願いだから邪魔をしないで。
私を押さえ付けないで。
彼女の元へ行かせてよ。
退いてよ・・・退いてよ!!!

 

 

 

「梨華ちゃーーーーーーーーーーーーん!!!!!!!!!!」


 

 

強い雨、強い水、激しい風。
かき消される声に、近くにいた人の驚くような声。
そして眼差し。

来るな!
ここは私と梨華ちゃんの神聖な場所。
見るな。
興味本位で見るなよ。

伸ばした手じゃ何も掴めない。
何も見えない。
何も聞こえない。
何も感じない。

この風は梨華ちゃんじゃない。
何で彼女に合わせてくれない。
何で彼女を感じさせてくれない。

この雨は梨華ちゃんじゃない。
何で彼女を見せてくれない。
何で彼女を抱きしめさせてくれない。

掴めない。
嫌だ。
そんなの嫌だ。
風は友達なんじゃなかったの?
何で届けてくれない。
彼女のことを。
私のことを。

苦しんでるんじゃないの?
辛いんじゃないの?
泣いてるんじゃないの?
寂しがってるんじゃないの?

何で私が側にいっちゃ行けないんだよ。
近くに行かせてよ。

今まで多く望まないように我慢してた。
梨華ちゃんがここにいればそれだけでいいと思ってたから。
100なんて望まなかった。
なの何で奪っていくの?
梨華ちゃんが何をした?
どうしてこんな辛い目にあわせるの?

 

 

どうして私は何も出来ないの

 

 

近くに行くことすら出来ないで、彼女を感じることすら出来なくて。

強い雨に打たれ、激しい水を浴び、燃え盛る炎は静かに鎮火しようとしていた。

 

 

 

どれくらいの時間がかかったかなんて分からない。
帰っていく野次馬。
弱まっていく雨。
弱まっていく風。
豊かだった緑の葉は統べて無くなった。
中心から裂かれた幹。
鮮やかだった色も黒くなった。

 

 

目の前にあるのは現実だった。

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朝日が昇った。
分厚い雲は何処かへ消え、濡れた私の髪も少しずつ乾きはじめた。
もう私しかいない。
ここには私しかいない。
皆がいなくなった後、黒く湿る幹に手を置いて目を閉じてた。
わずかな期待を込めて。

もう私しかいない。
ここには私しかいない。
草むらに落ちていた黒くなったネックレス。
掴んでみたら、もう冷えていた。


出会いは突然。
そして別れも突然。
流れる時間。
進む日付け。
めくれるカレンダー。

あの日以来行けない場所。
見れない場所。
机の上に置かれた緑の葉。
そしてネックレス。
最後に交わした会話なんて覚えてないよ。

夢にだって一度も現れない彼女。
触れられないことよりも会えないことの方がきつすぎる。
明らかにやつれ衰えていく私をごっちんは相当心配している。
そんな風に見られる私自身、衰えていく姿は自覚している。
だから余計にタチが悪い。

荒れた部屋。
以前なら考えられない程散らかっている。
弱い。
私は弱い。
一度も流せない涙。
直視できない写真。

髪、切ってないんだよ。
切ろうとしたら梨華ちゃんが怒ったから。
もう長くなったよ。
流せない涙も見れない写真も全て消そうとして失敗して。
梨華ちゃんから離れようとしても出来なくて、気付いたら年明けてたんだよ。
もう笑っちゃうしかないじゃん。
自分笑うしか出来ないじゃん。

 

 

 

 

 

逢いたいよ。

 

 

 

 

 

ねぇ、梨華ちゃん。

 

 

 

 

 

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