『ひとみちゃん、髪、伸びたよね』

ある日突然、梨華ちゃんはこんなことを言った。
私の髪を触って、風が私の髪を撫でて。
私が小さい頃から見てきた梨華ちゃんはずっとずっと同じ姿だ。
つまり髪の長さも変わってないってこと。
私よりもお姉さんに見えてた梨華ちゃん。
気が付いたら私は同じくらいに成長していた。
背は多分私の方がもう大きい。

「うん、最近切ってないから」
『昔はショートカットだったんだよねぇ』
「バレーとかやってる時でしょ?」
『そうそう、普通に可愛い男の子みたいな時』
「あ、梨華ちゃんまでそんなこと言うんだ」

ふわっと笑って私から距離をとって。
風のように漂いながら私の髪を弄ぶ。
そして風が私の髪をフワフワと楽しげに吹いていく。
梨華ちゃんと風はつにに一緒にある。
と言ってもこの木のすぐ近くにある風だけだけど、

梨華ちゃんの気持ちは風で表現されたりする。
音も熱も柔らかさも激しさも。
私に梨華ちゃんが触れると風が私に触れてくる。
つまり風は梨華ちゃんの感触なんだ。
『木』だけど感じる時は『風』なんだよね。

「もうそろそろ切るかなぁ」
『え〜切っちゃうのぉ!』
「だって邪魔じゃん。シャンプーも沢山使わなきゃいけないし」

抗議だと言わんばかりに風が強くなる。
私の周りだけ軽い竜巻き警報出てるんじゃない?
そんあ感じに思わせる程だ。

「はいはい、ごめんね。やっぱり切らないよ」

だから風ストーップ。
お願いしやす。
これじゃ髪の毛が鳥の巣みたくごちゃごちゃになっちゃうよ。
梨華ちゃんは『じゃあもう少し伸ばしておいてね』という言葉を残した後、
風はゆっくりと勢いを止めた。

葉と芝が服のいたるところにくっついている。
頭もついでにフルフルと振ってみたらまた葉が落ちてきた。

『まだ髪についてるよ』

クスクスと笑いながら梨華ちゃんは私の目の前に来ると、そっと葉を取ってくれた。
風が通り過ぎたと思ったら葉が2枚、私の頭上から降ってきた。
緑色の葉。
夏の太陽を沢山受けて輝く美しい葉。
これも梨華ちゃんの一部なのかなぁと思ったら何だか不思議な気分になった。

「ねぇ、この葉持って帰ってもいい?」
『え?あ、うん。それは全然いいけど』
「そ、サンキューね」

瞼に写る梨華ちゃんは、私が葉をしまう仕種をちょっと寂しそうに見つめていた。
・・・そっか、ちょっと待っててね。
目を開けると梨華ちゃんは消えてしまう。
こうして一緒にいる時はその一瞬すらも貴重な時間。
だけどさ、そんな寂しそうな顔はずっと見てられないよ。
だから少しの間、一人にさせるね。

目を開くと、外はもうすっかり夕暮れ色に染まっていた。
こうしてい梨華ちゃんと一緒にいる時は、本当に時間が流れるのが早い。
少し街並を見渡してから、木にそっと触れて『失礼しま〜す』と声をかけた。
一瞬目を閉じたら、梨華ちゃんが訳わかんないといった感じで『へ?』と言った。

木登りなんて久しぶり。
その上登る木は大切な梨華ちゃん。
傷なんてつけるわけにはいかない。
慎重に、だけど早く梨華ちゃんの顔が見たいから急いで登る。
適当な太さの枝を探して、そこに自分のつけていたネックレスを丁寧にかけ、
せかせかと木から降りて、また定位置の草むらに腰を下ろして瞼を閉じた。

「これで梨華ちゃんも私といれるでしょ」

私だけが梨華ちゃんの一部持ってるなんてそりゃ反則。
レッドカードで一発退場。
そんなことやっちゃいけません。

『これ・・・いいの?』
「うん」
『・・・ありがとう』

そう、君のそういう笑顔が見れればいいんだ。
笑ってる顔、すっごい好きなんだ。

「もうそろそろ行くね」
『うん。じゃぁまたね』
「うん。また明日」

梨華ちゃんが近付いてきて私の唇に柔らかいキスをくれた。
風が少し熱を帯びて私を取り巻く。
そのお替えしに私は背中をつけていた木に唇を落とした。
さっきよりも熱い風が少し強めに吹いた。

 

 

 

 

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