「ちょっと、梨華ちゃん!!」
鞄を肩にかけてつかつかと早足で歩いて行く彼女を、
自分の荷物も持たずに追いかけた。
こんなに梨華ちゃんが怒ることは珍しい。
ってか最近全然なかった。
原因は・・・何となく分かっている。
『ハロモニ』での藤本との絡みだ。
多分ってか絶対にそう。


「私これから用事があるんだから」
「嘘言わないでよ」
「何で嘘だって分かるの?よっすぃーに
 私の何が分かるっていうのよ!!」


楽屋の並ぶ道、ここまで声を上げている
梨華ちゃんは注目の的だった。
忙しく走り回るスタッフさん達や、スタイリストさんとかが
衣装の整理をしながら物珍しそうにこっちを見ている。
あたしはとりあえずこの場を離れたくて、
嫌がる梨華ちゃんを無理矢理楽屋に連れ戻した。


ここの楽屋だって早めに出ないと、ADさんが入ってきて
片付けをはじめてしまう。
まだ楽屋を出ようとする梨華ちゃんを自分と向かい合うように
座らせて自分も床に胡座をかいて座った。
楽屋の中には他のメンバーはもういなかった。
あたしとあたしの鞄と梨華ちゃんがいるだけ。


目の前に座る梨華ちゃんは視線を合わせてくれようとしないし、
あたしも楽屋に連れて来たはいいが、何から話したらいいのか
全然分からない。
久しぶりに沈黙が辛い空間を作ってしまった。
相変わらず気まずい沈黙が続く中、言葉を選んで何も言えなく
なっている私に変わって、梨華ちゃんは静かに口を開いた。


「何もないならもう、帰るよ」

そう言った。
あたしの横を通って楽屋を出て行く梨華ちゃんのこと、
あたしは止めることが出来なかった。
扉を開ける音がして、誰かにぶつかって謝る梨華ちゃんの声と、
それに対して謝る藤本の声が聞こえた。


タイミングっていうのは悪い時にはとことん悪い方へと向かう。

不思議そうな顔をした藤本が楽屋に入って来て、さっきまで梨華ちゃんの
座っていた所に腰を下ろした。

「よっすぃー、どうしたの?」
「ん、あぁ別に何でもないよ。それよりも藤本こそどうしたの?」
「美貴は忘れ物を取りに来ただけなんだけど・・・」

気、使うのも無理ないよね。
普段はサバサバしてるくせに、こういう時には気を使う。
藤本が娘。に入って気付いたことの一つ。

・・・何か色んな人に迷惑かけてるのかも。

今日の収録だってそうだ。
あたしの耳に顔を思いきり近付けて話し掛けてきた藤本。
となりじゃ梨華ちゃんはつまらなさそうに前髪をいじっていて、
それに気付いていたあたしは、梨華ちゃんに話しかけもしなくて。
ちらっと感じた視線に答える間もなく、本番は始まってしまって。
最近、楽屋でも一緒にいることが多い藤本とは話しもあって、
ごっちんがいた時のようにじゃれあったりしてるから、その延長
ってワケじゃないけど、本番でカメラが回ってあたしの肩に頭を置いて
ふざけてくる藤本にのって、あたしも満更じゃないような行動をした。
別に友達同士、とくに深い意味があったワケじゃない。
だからここまで梨華ちゃんが怒るなんてことも思ってなかった。

収録中、ゲームをやる時に必死であたしを誘う梨華ちゃん。
回りのメンバーはそれを盛り上げるように気をきかせてくれていた。
・・・何かダメダメじゃん。
2人のことでメンバーや回りの人に迷惑はかけないようにしようと
決めたはずなのに、その元を作ってるのあたしじゃんか。
でもさ、まさかそんな怒ってるなんて思ってなかったんだよ。
梨華ちゃんんが矢口さんと仲良くするのと変わりないくらいだよ。

「・・・よっすぃー、あのさ」

あたしの思考を止めたのは藤本の言葉。
正直、目の前にい誰かいたことすら忘れていたよ。

「梨華ちゃん、泣きそうな顔してたよ」

目の前には真剣な顔をした藤本。
藤本の目に写るのは情けない顔をしたあたし。
かっこ悪いあたし。

こういう時、梨華ちゃんは何をしてほしい?
何を望んでる?

こんなに長く一緒にいて、そんなこと分かってたはず。
途端、『追いかけたい!』そう強く思った。
藤本に急いでお礼を言って、鞄を掴んで楽屋を飛び出した。
エレベーターが来るのを待つのももどかしくて、階段を使って
外へ飛び出した。

道でタクシーを拾って、梨華ちゃんの家の方へと向かう。
夜の道を窓から眺めながら窓に写る自分の情けない顔を見て、両頬を
パシンッと叩いてみた。
それでも情けない顔は変わるワケじゃなくて、変わったのはあたしの
頬の色だけ。
・・・叩き損じゃん。
流れる景色、会社帰りで歩く人々・・・
ってあれ!?

「すみません!!ちょっと止めてもらっていいですか!!」

驚く運転手さんにお金を払って、急いでタクシーを飛び出した。
深く被った帽子で気付く人は少ないけど、あたしが気付かないはずないじゃん。
公園に入っていく彼女を追って、さっき追いかけたように梨華ちゃんの背中を
追いかけた。

「お嬢さん、夜の公園に1人だなんて危ないですよ」

めちゃくちゃ驚いて怯えた顔をした梨華ちゃんに、頑張って作った笑顔
を向けて手を上げてみた。
また嫌がられるかなぁなんて思いながらそっと肩に手を置いたら、梨華ちゃん
はちょっとやっと驚いて怯えていた顔を緩めてくれた。

ごめんね、驚かせちゃって。

立ち話も何なんで、と公園のベンチに2人で腰掛けて、ちょっとだけ空間を
あけてまっすぐ前を見た。

「・・・ごめんね」
「・・・うん」
「んでね、大好き」

驚いた顔をしてこっちを見たのが分かった。
そんな中で『そういえば帽子被ってねぇ』なんて考える余裕すらあったあたし。
ちょっと落ち着くと結構ゆとりが持てた自分に遠くの方から拍手を送ってみた。

「・・・何よ突然」
「何言おうかなぁって沢山考えたんだけど、何言っても聞いてもらえない気が
 したから、素直なあたしの気持ちを言ってみました」

ニヤッと笑って梨華ちゃんの方を見たら、梨華ちゃんはいつもみたくハの字眉毛
をつくって、あたしの方を見ていた。
多分ね、梨華ちゃんも言いたいことが沢山あるはずなんだよね。
だから、あたしの話しの前に梨華ちゃんどうぞ。
そんな感じて促した。

梨華ちゃんのグチは大爆発だった。
これはあたしの予想以上。
『私がミキティーを指名したらすぐに怒るくせに』
『それでミキティーが正解したらもっと怒るくせに』
『いいかげんおやじサンダル止めなさいよ』
『寝る前にはちゃんと髪乾かしなさい』
とか話しはどんどんと変わっていき、終わる頃にはあたしは相当凹んでいた。
それに気付いた梨華ちゃんは自業自得と言わんばかりに胸を張っている。

「まぁ、とりあえずはこれで勘弁してあげるわ」

言い終わったことで相当すっきりしたんだろう。
梨華ちゃんはさっきよりも良い顔をしてため息をついた。
・・・あたしの方がため息をつきたいかも。

ちょっと人の増えてきた公園。
何処もかしこもカップルだらけ。
そのうえ帽子も被っていないあたしはどうにもバレバレなワケで・・・
とりあえずは逃げることに。
道でタクシーを捕まえて、あたしの家よりも近くにある梨華ちゃんの家へ。
いつのまにやら立場はすっかり逆転していて、落ちまくっているのはあたしの方。
梨華ちゃんの怒りとかそんなのは、あたしが追いかけて来たことでほとんど
流れてしまったんだそうだ。

単純な解決。
だけどこうやって怒ることも大切なこと。
最近さ、意見のぶつけあいなんてしてなかったからね。
そんなことを梨華ちゃんの家で話しあった。
単純すぎ?
ま、いいじゃないの。
そんな単純なことで怒れる程仲も良いってことなんだから。

今日の御泊まりは梨華ちゃんの家で大決定。
同じ布団の中に入って、今まで言わなかったような不満を身体ごとぶつけあって。
力つきたあたし達は息を切らしながら裸で笑いあった。
何だか色々あった気もするけど、隣でこうやって笑っていてくれる梨華ちゃんが
やっぱり一番良いよね。
額にくっついた前髪をのけて、ちゅっとキスをしたら、梨華ちゃんは
くすぐったそうに笑ってくれた。

「ひとみちゃん、私も大好きだよ」

色んな意味で素直になることの大切さ。
この日、あたしはちょっと学んだ。
そのことを言ったら梨華ちゃんも頷いてくれた。
残暑の厳しい夏のある日。
多分あたし達はまた少し深く繋がった。
そう思ったんだ。

 

 

 


さて、ちょっと時は戻って---

「美貴たぁ〜ん、まだぁ?」
「あ、ごめんごめん」

楽屋に顔を出した松浦に、藤本は笑って手を振って答える。
早く早くと促す松浦に、笑顔をこらえようともせずに近付いた。

「忘れモノあった?」
「へへっ、何か鞄の中に入ってた」
「まったく美貴たんはおっちょこちょいだねぇ」

腕を絡めて一緒に歩く彼女。
一体今日のOAを見たらどんな顔をするんだろうか。
多分かなり激しく嫉妬をするんだろう。
そんな予想をしながら藤本は松浦に今日の収録の話をしとこうと思った。

「とりあえずは貸し1ってとこだね」
「ん?何が??」
「へへっ、内緒」

笑っている藤本に松浦はちょっと膨れッ面。
そんな松浦を置いて走り出す藤本。
2人の追いかけっこも終わらない。
とりあえずは家に帰ってから話せばいいか。
そんなことを思って藤本は楽しそうに笑い声をあげた。

 

 

んでももってもう一度梨華家へ---

「そういえば、あの時ミキティーと何内緒話ししてたの?」
「ん?へへっあれねぇ、梨華ちゃんのこと」
「私のこと?」
「うん、藤本が『最近また梨華ちゃん綺麗になったね』ってさ」

まだちょっと疑う梨華ちゃんとこのままラウンド2。
明日も仕事だけど、多分あたし達のじゃれあいは一晩続くだろう。
言葉と身体のぶつけあいはきっとまだまだ終わらない。
終わらせるつもりもないから覚悟しといてね。

沢山重ねた言葉に嘘はないよ。
だからこれからもちょっと怒ったりするのも有りだと思うよ。
いくら逃げたってあたしが追いかけてあげるから。
あたしが追いかけたいから、追い続けるから。
些細なことで始まった、小さな大きなぶつかりあい。
あたしはね、そんな梨華ちゃんも大好きなんだよ。

 

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