=ラジオドラマ=

「あ、あ、あぁ〜〜〜〜〜〜」
「ちょっと、ひとみちゃん何やってんの?」


吉澤ひとみ18歳。
えぇっと、今必要以上に気合いが入ってます。
だから発声練習もしちゃったりしてます。
はい。
えぇ、それも石川梨華さん18歳の部屋で。

「ん?いや、だって明日じゃん」
「何が?」

ちょんちょこりんでクッション抱えて小首をかしげて上目使いは確信犯ですか?
誘ってるんですか?
でも今日はダメだよ。
ダメだよひとみ。

「ひとみちゃん、首でも痛めたの?」

1人戦うあたしを不思議がるのは当たり前なことで。
でもさ、内なる戦いが激しいとこう、身体に出てくるんですわ。

「ねぇちょっと、半笑いで何やってるのさ。壊れちゃった?壊れちゃった??」
「や、そんな揺さぶられ方が壊れちゃうから」

2人して同じように前髪をキュイッと結んで、向かい合って座ってる姿は鏡を覗いてるなんて言うにはあまりにも違うんだけど、ってか違って当たり前なんだけど。
まぁ違くて当たり前で、でもそれだからこう知り合えて、こう向かい合えるワケで。
ん?何かあたし1人脱線してる??

「本当どうしたの?熱でもあるの?大丈夫??早く寝る????」

心配そうな顔してちょっこり冷えた手であたしの額を触ってくれる梨華ちゃんの手はとんでもなく気持ち良いんだけど、あのさ、ちょっと落ち着こう。
あたしも梨華ちゃんも落ち着こう。
ほら、落ち着く為の深呼吸の『ヒッヒッフー』

「それラマーズ方じゃん。運動会でやってミキティに突っ込まれてたやつじゃん」

『なぁにやってんのさ』何て言いながらも梨華ちゃんが笑っていたからほら一緒に『ヒッヒッフー』
同じ髪型して手を握りあって『ヒッヒッフー』
最後の『フ−』で梨華ちゃんの前髪をふほーって吹いたら、白いゴムで縛ってあった梨華ちゃんの柔らかい髪がフワフワ揺れて、くすぐったそうに笑いなから黒いゴムで縛ってあるあたしの前髪も『ふー』ってされた。
あ、やっぱし何かくすっぐたいね。
ニへッて笑って握っていた手をぶんぶん振った。

理由?
そんなのないよー。
ただ何か楽しかったから。

「本当、今日のひとみちゃんは何かテンション高いね。
 どうしたの?何かいいことでもあった?」
「違うよ。いいことが起こるんだよ」

これがテレビだったりイラストだったり写真だったりしたら、きっと今梨華ちゃんの頭の上には『?』マークが沢山浮かんでるんだろう。
そういう顔してる。

「だってさ、明日はラジオドラマの収録だよ?テンション上がらないはずないじゃん」

そのうえ2人なんだよ?
そんでもってあたし男役だよ?
『オレ』なんて言っちゃってさ。
妄想...いやっていうか想像力は爆発なワケで。
枕元に置いてある第1話の台本がキラキラ輝いてるよ。
出発進行全速前進みたいな。

「そう?私はむしろ不安だけどなぁ」

あたしの手から梨華ちゃんの手がするりと抜けて、その手が梨華ちゃんのお腹あたりに治まってたクッションを退けて、その手があたしの両頬をむぎゅっと挟んだ。

「ふぁにふるんれふかぁ」
「ん?何するんですかぁって言ってるの?」

言葉で答える代わりに首を上下にこてこて振った。
ぴこぴこ揺れた前髪が梨華ちゃんの前髪を攻撃中。
あ、何か新しい遊び発見した気分。
いや、でも今は違う違う違う。

梨華ちゃんが不安?
何がだろ?
頬を挟まれた状態で『何で?』って聞きたくて首をコテッと傾けてみた。
そしたら梨華ちゃんも首をコテッと同じ方に傾けてきた。
ベッドの上でおかしな画だ。

「だってさ、ただでさえ最近ひとみちゃん収録中でも私にちょっかい出すようになってきたんだよ?」

ん?それの何が不安と繋がるの?
収録中にちょっかい出すなんて前からじゃん。
ってか昔からか。
一時期『ちょっかい禁止令』出されてたけど。
今じゃ無事解禁。
無事決まった期間収録中のちょっかい出しを封印することに成功したからねぇ。
だから...

「飯田さんが『ちょっかい禁止令』解いたからって言いたいんでしょ?」
「ふぁい」

でもさ、ちゃんと限度守ってるじゃん。
『いちゃいちゃ』じゃなくて『ちょっかい』レベル。
飯田さんとの約束も守ってるよ?
まったくもってワケのわからないあたしは、今度はさっきと反対側に首をコテッと傾けてみた。
・・・今度は梨華ちゃん付いてきてくんないのか。

「分からない?」
「ふぇい」

梨華ちゃんはちょっと困ったように眉毛をハの字にしてため息をついてから、あたしの頭をくいっと動かして、傾けていた首を元に戻して、それからこつンと額をあたしの額に合わせてきた。

「ひとみちゃんさ、お願いだから今みたいに嬉しそうにヘラヘラしないでね」
「ふぁんれ?」
「だってさ、お仕事だよ?絶対に気分ノッて暴走するでしょ。で、絶対に甘い声出すでしょ」

・・・多分。
だって梨華ちゃんと2人っきりだよ?
『出す』んじゃなくて『出ちゃう』

「・・・それじゃいやなのぉ」

・・・はい?
何でそんな即泣き選手権出場できそうなくらいの勢いで泣き顔になるんですか?
そのうえいつものお姉さんモードじゃなくて何で珍しい甘えん坊モードなんですか?

「ろうひふぁろさ?」

でもって、頬引っ張るのも止めてね。
さっきよりも喋りにくいんだ。

「・・・笑わない?」
「もふぃろん」
あたしがそう言うと、梨華ちゃんはあたしの頬から手を離してぎゅっと抱きついてきた。
不意打ち攻撃。

「・・・2人っきりの時以外でそんな声出しちゃ嫌なの・・・
 他の人にそんな声聞かせるの嫌なのぉ」

不意打ち攻撃。
魅惑の攻撃。

ぎゅっと抱きつかれて恥ずかしそうに小さな声で言う彼女。
さっきまで掴まれてて痛かった頬の痛みなんてさようなら。
えぇっと

・・・。

せんせ〜、吉澤ひとみ18歳は先程の『内なる戦い』に負けました。
『明日声出なくなったら困るから』何て言い訳がふっとんでしまいました。

梨華ちゃんに負けないくらいぎゅって優しく抱きしめて、柔らかいベッドの上でこんにちは。
顔を真っ赤にしている梨華ちゃんの唇にむちゅっとキスをして、おでこやほっぺや指先や色ん所にキスをした。

高い声で綺麗に鳴く声は、あたしの唇で塞いじゃおう。
声が聞けないのは嫌だけど、このまま我慢は出来そうもない。

約束するから。
こんな風に甘い言葉を言うのは2人っきりの時だけ。
梨華ちゃんが大好きだって言ってくれるこんな声を出すのも2人っきりの時だけ。
だからさ、そんな不安はさよならしちゃいな。
あたしも手伝ってあげるから。

ニへッて笑っておでことおでこをごっつんこ。
同じ前髪で色違いのゴム。
スッて取ったらお互いに変な後が前髪ついていた。
そんな前髪を見ながら2人して笑ってお布団の中へ滑り込んだ。
ラジオドラマじゃ出来ないようなこと、言えないような言葉や声。
今全部ここで出すから。
不安とさよならしちゃいなよ。

枕元には第1話分の台本。
膨らむ想像力なんかじゃ勝てないよ。
目の前にいる梨華ちゃんには。
明日は一生懸命我慢するからちょっと棒読みみたくなっても許してね。
それでもすんごく頑張るから。

枕元にある2冊の第1話分の台本。
その横に並ぶ白と黒と、その下に並ぶ白と黒。

あ、ごめん黒いとか嘘だから。
いてっ、ペチッて叩かれても素肌じゃ結構痛いんだよ。
はいはい、ごめんね。
嘘。
ごめん。

キラキラ輝く星よりも、もっともっと魅力的な君をぎゅって包んで明日の練習しましょうか。
大事な大事な出会いのシーン。
明日言う言葉よりも、きっともっと甘い言葉で言い合おう。

 

=続・ラジオドラマ=

「梨華ちゃん梨華ちゃん梨華ちゃん梨華ちゃん梨華ちゃん!!!」

ドダドダドダドと走ってくるのはひとみちゃん。
そして私の名前を連呼するのもひとみちゃん。

「ちょっと、危ないよ。こけても知らな...」

そしてベタにこけているのもひとみちゃん。
あぁ、鼻赤くなっちゃってるじゃん。

「ほらぁ、言わンこっちゃない」

真っ赤になってる頭の先をなでなでナデナデ。
こけてしまったひとみちゃんはやんちゃな顔をしたままニへッて笑ってる。
ここはテレビ局の楽屋前。
今日の収録も終わって、もう後は帰るだけってなってる時。
着替え終わって、楽屋から出て来た時。
その時にコートの前をでれーっと開けて、急いで走ってきたひとみちゃんが
私の名前を連呼して見事にこけた。
こんな感じ。

「そんなに急いでどうしたの?」
「ラジオドラマ!」
「は?」
「やろう!ラジオドラマ!!」
「・・・はい?」

ニカッと笑ったひとみちゃんは鞄の中からごそごそ真っ白い紙の束を取り出した。
・・・重くなかったの?
って、そう思うくらいに分厚い紙の束。
普通の台本くらいあるんじゃない?
その分厚い紙の束の一番てっぺんには、やる気まんまんのひとみちゃんの字で、
大きく『続・ラジオドラマ』って書いてあった。

「えぇっと・・・これは」
「書いたのさ」
「・・・へ?」
「ラジオドラマの吉澤ひとみと石川梨華ばーじょん。
 昨日徹夜で。それもちゃんと梨華ちゃんとあたしの分の2部」

『後ねぇ』なんて言いながら、持っていた台本(?)を私に持たせて、また鞄あさりを再開再開。
で、出てきたのはCD1枚とカセットテープ1本に、テープレコーダー1つ。

「音もばっちし、録音もばっちし。全てがばっちし。どうよ?」

いや、どうよって言われても・・・。
ひとみちゃんはまだ赤い鼻で、ワクワクした顔で私の目の前に立っている。
えぇっと、えぇっと

 

・・・・断れないじゃん。

 

「と、とりあえず帰ろうか」

そんなワクワクした顔をしてるひとみちゃんに向かって『嫌』なんて言えるはずがない。
それも本当に徹夜で作ったんだろう。
化粧で隠れてはいたけど、ひとみちゃんの目の下にはうっすらとクマが見えていた。
どうやらひとみちゃんは、この間やったラジオドラマに随分とはまったらしい。
終わった後も『続編やりてー!』とか四六時中叫んでいたくらいだ。
まぁ、まさかこんなカタチでやるとは思ってなかったけどね。

2人でタクシーに乗り込んで、私の家に向かってる間にひとみちゃんの書いた台本をもらう。
タイトルは『続・ラジオドラマ』なんだ。
でもって、登場人物は・・・
『主演:石川梨華・吉澤ひとみ』
えぇっと名前はそのままなんですか。

細かい誤字脱字には目を瞑って、ざーっと台本に目を通した。
あれだ、言うなれば『吉澤ひとみわーるど』
目くるめく妄想・・・いや、想像の世界。
でも、ちょっとワクワクするような世界。

「これさ、録ったら送って続編にしてもらおうよ」

どうやら彼女はあのラジオドラマの続編を自ら考えて、その元となるように脚本を書いたらしい。
名前のことを指摘したら『どーせ元だしね。ほら、それに『ひとみさん』って呼ばれたいし』
そしてついでに『梨華さん』と呼びたかったらしい。
・・・普通に呼べばいいじゃん。
そう思ったことは内緒にしておこう。

道は結構すいていて、車はスムーズに進んで行った。
そして到着、家に到着。
ワクワクが止まらないひとみちゃんはダッシュ一番タクシーから飛び下りて、
今か今かと私のことを待っている。
う〜ん、何かでっかい子供がいるみたいだ。
うん。

部屋に入ると、ひとみちゃんはさっそくCDをコンポに入れて、ついでにプログラムまでして
すんごく手早く準備をしていった。

「よっしゃ!じゃぁ梨華ちゃんリハしよう、リハ」

すでにひとみちゃんはベッドの上に座り込んで、ボフボフ布団を叩いている。
えぇっと、ひとみちゃん。
その前に色々やろう。
コート脱いだり手洗ったりうがいしたり着替えたり。
ね、それからでも遅くないでしょ。

「じゃぁお互いにお風呂入ってる間に台本しっかり読もうね。
 あ、お風呂の時間も15分だから。それ以上はあたしが入って襲うから」

・・・多分、というか絶対本気。
冗談じゃない。
ひとみちゃんの目は『続・ラジオドラマ』にも『襲う』という方にもキラキラ輝いている。
さすがにお風呂で襲われてラジオドラマ録る自信はないから・・・。

 

その後は駆け足のように過ぎてく時間と出来事。
お風呂の中でもお風呂の外でもひとみちゃんの書いた台本読んで、
ついでに何度も失敗しながら収録(?)もして。
全てが終わった時にはもうバテバテだった。
・・・明日が午後からでよかったよ。

「ねぇ、ちょっと聞いてみようよ」

疲れ果ててベッドの上で伸びてる私の上に、ひとみちゃんはよっこらしょっとまたがって、
さっき録ったばかりのテープ片手にまだまだ元気一杯アピールアピール。

・・・断れるはずないじゃん。

元気一杯のひとみちゃんと並んでベッドに横になって、さっき録ったばかりのテープを聞いた。
何かちょっとくすぐったい感じがするのは『ひとみさん』とか『梨華さん』とか言っちゃってるせいだろうか。
右の耳に聞こえてくる、テープの中のひとみちゃんの声と、隣ででれでれしているひとみちゃんの声。
あぁ、何とも心地よい眠りにつけそうな・・・・。


 

・・・はい、その後私見事に眠りについてたらしいです。
気付いたらもう朝になってて、私の上にはしっかりとお布団がかけられてて。
もちろんその隣にはひとみちゃんがいて、すやすや気持ちよさそうに眠ってます。
ごめんねとおはようの気持ちを込めて、ひとみちゃんの頬にちゅってキスをして、
暖かいスープを作りにお布団を出た。

今日も昨日に続いて良い天気みたい。
何か朝から『頑張るぞー!』って気分になって、私は1人で準備体操。
ひとみちゃんはまだむにゅむにゅ言いながら眠りの中。
おいしい朝御飯でも作ってあげますか。
梨華さん特製朝食スーパー。
髪を2つに結んで赤いエプロンで気合い入れて。
よっしゃ!今日も素敵な1日の始まりだ。
るんるんルンルンいきましょう。

『続・ラジオドラマ』のテープは寝ているひとみちゃんの頭の上。
これからあのテープが何処に行くかはひとみちゃんしだいで、その後はテープさんしだい。
どんな風になるかわからないけど、私は思ってるんだよ。
ひとみちゃんともっと沢山ラジオドラマもやりたい。
ってさ。


ワクワクした顔やドキドキした顔。
全部が全部宝物で、全部が全部嬉しくて。
今まで知らなかった表情とかいっぱい見れたラジオドラマ。
うん、一緒にさ、まだまだやってみよう。
ドラマ化しちゃうくらい、ぎっしり作ってみてもいいじゃない。
今度は私も一緒に脚本書きたい。

ひとみちゃんが起きたら言いたいことが沢山ある。
だからお料理しながらまとめておこう。
どんな風になっていくかなんてわからないけど、私はすんごく楽しみ。
そして楽しい。

ありがとね、ひとみちゃん。
こんなに朝から楽しい気持ちにさせてくれて。
こんなに楽しい気持ちを私にくれて。
いっぱいいっぱい感謝と色々な意味を込めて、ぱたぱた走ってひとみちゃんの髪にキスをした。
ひとみちゃんはむにゅむにゅ言いながら幸せそうにもう少しの間眠っていた。
うん、今日も良い1日になりそうだ。

 

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