「...天井たか〜い」


ひょいって両手を上に伸ばした。
私の胸の上でちょっと額に汗を浮かべてボーっとしているひとみちゃんは、
そのままの体勢で『梨華ちゃんの胸はデカーい』何てワケのわからないことを言っている。

夜中、もうとっくに陽なんて落ちちゃってて、あと数時間もすればお月様の代わりに
太陽がヌーんと出てくることだろう。
カーテンの隙間からはまだ暗い闇しか見えていない。
ベッドサイドのオレンジ色の明かりだけがこの部屋を照らす光だ。

「ねぇねぇ梨華ちゃん」
「ん?」
「ちょっと競争しない?」

ベッドに入って経った時間は数時間?
ん?あれ、わかんないや。
まぁともかく一つの大きな波が過ぎ去って、両腕を天井に向かって伸ばしていた私の腕を、
ひとみちゃんは顔を上げずに手探りで器用に探りだしてガシッと掴んだ。
分かりやすく言うなら素っ裸の万歳スーパーマン状態というヤツだろう。

「競争って何するの?」
「どっちが先に参ったって言わせるか」
「は?」
「自信は?」
「へ?」
「じゃぁ、あるってことでハンデであたしからスタートね」

私の話しなんて聞く気がないらしい。
質問してきたくせに、返事も聞かずにひとみちゃんは掴んでいた腕をぐっと下ろしてきた。
『参った』の意味。
『スタート』の意味。
全くもってわからない。
ただ、私の胸の上ではひとみちゃんがニコーッと笑っている。
それだけが今わかることだ。

「ねぇ、私の質問ってあり?」
「う〜ん内容によるね」
「じゃぁ質問」
「はい、石川梨華さんどーぞ」

『よいしょ、よいしょ』何て言いながらひとみちゃんは身体を起こして私のお腹の上あたりに
体重がかからないように座った。
いくら部屋が薄暗いからと言っても、出来ればちょっとは隠して欲しい。
私が目のやり場に困る。

「あ、ひょっとして梨華ちゃん寒い?」
「あぁ、まぁそうだね」

的外れで、でもまぁ的は得ていて。
ちょっとした気づかい。
何気ない所で優しさが見えたりするワケで、そういう所に私はまたスイッと惹きよせられてしまう。

ベッドの下に落ちているリモコンに手を伸ばして、掴めないものかと頑張る姿。
下りた方が早いんじゃない?
そんな風に言いたくなる。
無精者?
いや、違う。

「ねぇ、下りたら簡単に取れるよ」
「それはダメ」

即答。
確信犯だ。
取るつもりなんてはじめからないでしょ。

「うん、取れないから諦めよう」
「最初から取るつもりもないのにそういうこと言わないの」

クシャッって笑って『バレてたかぁ』
何年一緒にいると思ってるのさ。

「じゃぁ温い毛布をプレゼント」

ガバーッて倒れこんできて、結局はさっきとほとんど変わらない体勢へ。
変わったことは、ひとみちゃんの頭があたしのすぐ横にあるくらいだ。

「でさ、質問してもいい?」
「どうぞどうぞ」
「参ったってどうやって言わせればいいの?」
「どんな風にでも」
『じゃぁスタートね』

耳元でそっと囁かれて、首筋に少し冷えていた唇が押し当てられた。
フライング。
スタートの合図なんて鳴っていないもん。
そんな言い訳をしたら、そのまま唇を塞がれた。

「そういうこと言うとチューしちゃうよ?」
「そういうのはする前に言うんだよ」

数十分前まで熱を上げていた身体はすぐに熱を帯びはじめた。
重なる肌や、私の身体を行き来する唇。
触れられる度にその部分はより熱を持つ。
さっきまで冷えていた唇何て本当にすぐに熱くなる。
そして熱くされる。

「ねぇ、ここに座って?」

すでに思考回路がボーッとし始めた。
そういう潤んだ目で見られるのが私は弱い。
知ってるよね。
気付いてるよね。
絶対に。

私の上で指を絡ませ、私と一緒に舌を絡ませ。
ひとみちゃんの右手の指があたしの髪とからみ合って、左手が背中に回される。
だっこされるように起き上がり、私はひとみちゃんの頭を抱えた。
抱かれていると、安心するから、私もぎゅっと抱いていてあげたい。
思いはカタチになっていく。
いつもみたくお互いの体温を感じながら、少しの間、そのままでいる。
何かの儀式のように。
いつもいつもくり返される、甘い甘い儀式だ。

しばらくギュッてしあっていたら、ひとみちゃんが私のことをベッドに座らせた。
座らせるというよりも腰掛けさせるみたいな。
そしてひとみちゃんはベッドの下へ。

「...ん、ちょっと...何してるのよ」

口付けられたのは私の足。
くすぐったさと、いつもと違う攻められ方に、思わず足を引っ込めたくなるのに
ひとみちゃんの手と唇がそれを許さない。
掴んでしまったひとみちゃんの髪から手を放せないで、只々ゆだねるだけで。
唇が段々と上え上がっていき、顎を持ち上げられて深く深く口付けられる。
薄暗い中に響く荒い息遣いや、名前を呼ぶ声。
全てが空中へ溶け、全てが身体を包んでいく。

再び重なる身体と、深く深く入ってくるひとみちゃんの長い指。
しがみついた背中がひとみちゃんの汗で少し滑り、かき回される私の中はただもう熱が溢れている。
何度身体を重ねても、ドキドキしない時なんてない。
何度口付けられても飽きることなんてない。

さっきよりも天井が高くなって、ひとみちゃんの左手と私の右手が繋がれる。
夢中で口付けて、ひとみちゃんの首筋に顔を埋めながら大きな波をまた迎えた。
乱れる息。
優しく撫でられる髪。
『ほら、暖房なんて入らないでしょ?』同じようにうっすら汗ばみ、息をはずませながら
ひとみちゃんは悪戯っぽく笑った。

さっきと同じように私の胸の上でボーッとして、『温い温い』何て言いながら
自称天然毛布さんはギュシーッて私のことを抱きしめた。
天井は高いし、毛布は温いし。
カーテンの隙間からはまだ夜の闇しか見えていなくて。
ベッドサイドの明かりをパチンと引いて、天然毛布さんの上から毛布をかけた。
ベッドの中でごろごろしながら、ボケ−っとして考えること。

隣のひとみちゃんは幸せそうな顔をしながら目を瞑りそうで、瞑らない状態でうつらうつら。
眠いのに、我慢して私が先に眠るのを待っている。
そんなひとみちゃんをギュッと抱きしめて、考えて辿り着いた結論。

結局さ、競争なんてしたかったワケじゃないでしょ。
『参った』何て言わせるつもりもなかったでしょ。
ただ言ってみたかっただけだよね。
それでいつもと違ったことしたかったんでしょ。
白状しろぉーってさっきよりもきつく抱きしめたら、ひとみちゃんが背中をぺちぺち叩いた。
もごもごであんまりちゃんと聞こえないけど『ギブギブ』って言ってるらしい。

夜明けまではもう少しあるから、もうちょっと競争しようか。
ひとみちゃん今ギブアップだしたし、これって『参った』って言ったことだよね?
じゃぁ私の勝ちってことで攻撃開始ね。
夜明けまで、今度はひとみちゃんが私を参ったって言わせてみな?
夜明けまでの数時間。
熱い息も、紡がれる言葉も全部空気に溶けていって、私達の身体に降り注がれる。


どうやら、熱はまだまだ下がらないらしい。

 

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