「あぁもう何でこんなに車通らないのよぉ」


パンクした自転車に外れた車輪。
ここはただただ長い一本道が走っているただっぴろい大地。
まぁ、簡単に言うと何もなくて開けて草だけ生えてるって所。

なんで私がこんな所にいるかって?
はぁ、それがね、もう別にたいした理由でもないんだ。
いつもみたく出かけようと思って、たまには違う道走ろうと思ってうろちょろしてたの。

ここの道はほとんど車とか通らないからのんびりと道の真ん中走ってたんだけどさ、
途中で誰が置いたか大きな石があったのよ。
普通に避けることが出来そうな大きさなのに空なんて見上げてたもんだから見事ひっかっかって大転倒。
あまりにも芸術的に転んだもんだからパンクはするし車輪は外れるし。
自転車で走った距離は結構なモンで、歩いて帰るには結構しんどい。

だからさ、ヒッチハイクしようとしてるの。
さすがにさ、こんな数時間ヒッチハイクするくらいなら歩いて帰ればよかったって思ってるんだけど、
自転車を置いて帰るなんてそんな悲しいこと出来ないしさ。

 

…もう暗くなっちゃうよ。

 

「…はぁ」

 

それからしばらく、私は同じ所に座り続けていた。
そしてもう数十分経った頃だろうか。
私の耳に風以外の音が聞こえた気がした。

ん?
この音って・・・

やっぱり!バイクかなんかだ!!
よかったぁ、やっと助けてもらえるよ。
車なんて贅沢言わないから村まで乗せて行ってもらおう。
それで車呼んでこよう。

だんだんと見えてくるのは確かにバイクで。
っていうかバイクなんだけどバイクの音っぽいんだけど・・・
・・・小さくない?

まぁいいや。
それでもいいからとりあえず止まってもらおう。
一人待ち続けて数時間、やっと通る人だ。

必死になって手を振って、見てくれみてくれアピールをする。

ハッキリ見えたのはバイクじゃなくて・・・やっぱり原付き。
それも、何か変な煙り上げてる原付き。
でもとりあえず止まってもらわなきゃ。
で、村で私のことを言ってもらおう。

私のことに気付いてくれたのか、原付きは私の前を通り過ぎて、少し走って止まってくれた。
そして原付きが止まると、不思議と今まで吹いていた風がピタリとやんだ。

「ありがとうございます!」

深々と頭を下げた。
もうこれでもかってくらい深く下げてみた。
影でヘルメットを脱いだのが分かって顔を上げたら、金髪のちょっとホクロの多めの女の子が
『?』マークを沢山浮かべた顔で私を見ていた。

「…えぇっと何が?」
「へ?だって私が手を振ってるのが見えたから止まってくれたんじゃないんですか?」
「違う違う。何か壊れちゃったみたいでさぁ」

『止まっちゃったんだよね』
そう、彼女は言った。

 

 

「…車通らないね」
「あたしが走ってる時も、後ろに車とか全然見えなかったよ」

道路に二人で座り込んで数十分。
私達の横には壊れた自転車と動かなくなった原付き。
左にいる太陽はもう完璧なオレンジ色で、ついでにあとちょいで沈むんじゃないかって思う。

「あのさ、名前、なんて言うの?」

隣で彼女はちょっと驚いた顔をしてからニカッて笑った。

「ひとみだよ。吉澤ひとみ」

ゴシゴシとジーパンで手を拭いて、さっきと同じニカッとした笑顔でその手を差し出された。

「私、梨華。石川梨華」

同じようにゴシゴシとズボンで手を拭いて、差し出された手を握った。
握ったその手は私の手よりもちょっと大きくて、冷え性の私と違って、暖かかった。

「何かさ、今さらかよって感じだよね」

私がクエッションマークを浮かべていると、彼女・・・じゃなくてひとみちゃんは
道路に足を投げ出して笑った。

「自己紹介」

よく笑う人だ。
笑うというか、笑顔というか。
まぁそんな笑顔。

「そうだね、本当今さらかよって感じだよね」

同じように足を投げ出してみた。
もう暖かい春だっていうのにコンクリートはさっきよりも冷たくなってきていた。陽が、もうすぐ沈む。「…やっぱり押して歩くしかないか」

「えぇ、行っちゃうのぉ?」
「梨華ちゃんも一緒に行くの。こんな所に一人置いていくはずないじゃん」

パンパンっとお尻を叩いて、ひとみちゃんは大きく伸びをした。
影は長く長く伸びる。
まるで何処までも伸びるように。

「自転車、置いて行くしかないかぁ」
「何言ってるのさ。持って行くよ。もちろん」

やっぱしニカッと笑ったひとみちゃん。
笑ったって言うか笑ったと思う。
沈みかけた夕日が眩しくて、逆光で眩しくて、見えなかったんだ。

「荷台に乗せてね」

だから言葉だけがすごく響いた。

 

 

「何かさ、ウチらって相当アホっぽいよね」

原付きと自転車。
縛る紐がなかったから、私とひとみちゃんの上着を結ぶ合わせて無理矢理原付きに自転車を乗せた。
もちろん、それだけじゃ落ちちゃうから原付きを押すひとみちゃんの後ろに私がついて、
自転車を押さえながら一緒に歩く。
歩くのは遅いし、たまにバランスを崩しそうになるからもっと進むスピードは遅くなる。
っていうかもう自転車何回も落としてる。
歩き始めてもう1時間くらいだけど、全然車通らない。
聞こえるのは私とひとみちゃんの話し声くらいだ。

静かすぎる夜に、少し肌寒いくらいの気温。
半袖ズボンの私達は、本当に相当アホっぽいだろう。
まぁ見る人もいないんだろうけど。

 

 

「疲れてない?大丈夫?」
「あぁ、ちょっとしんどいかも」

もう1時間30分か。
随分歩いたけどスピードがスピードだからまだ半分くらいなんだよね。
でも、もうあと半分。

「少し休もうか」
「うん、ごめんね」
「ううん、私も疲れてたから」

自転車を下ろして冷えた道路に並んで腰を下ろす。
もうとっくに沈んだ太陽の代わりに月や星が空には輝いている。
明るく、すごく明るく。
しばらくボーッとしながらそんな空を並んで眺めた。

「ちょっと、寒いね」
「まだ夏じゃないからね」

荒れた息が整った頃には乾いた汗や道路につけたお尻から冷たさが這い上がってきて、
一気に体温が下がていっていた。
上着を着るにも思いきり結びすぎた上着はどう頑張ってもほどけないから着るものない。
お互いに顔を見合わせては苦笑い。

どうしようか、どうしようか。
そんな風に思いながら無意味に自分のはいてるズボンを触っていたら、
ピたッとひとみちゃんがくっついてきてくれた。

「この方が、あったかいよね」

私はどんな言葉を返そうか考えてみたけど、何かそんなすぐに浮かんでこなかったから
黙って頷くことにした。

何もない道。
電線もない空。
道路はまだまだまっすぐと伸びていて、その先にある村の灯りなんて見えやしない。

それでも、一人じゃないせいかな。
もうちょっとこのままゆっくりしててもいいやって思った。

「ひとみちゃんはさ、何処に行くつもりだったの?」
「ん?あたしは家に帰る途中だったんだよ」
「じゃぁ、私と一緒だ」
「うん、一緒だね」

私の住む村に昨日越してきたばかりのひとみちゃん。
何でもこっちで働く為だとか。
そういえば、昨日水をくみに行ってる途中で少しの家具とかを積んだ車が村に入ってくるの私見たよ。
あれ、ひとみちゃんだったんだ。
ひとみちゃんは大体の片付けが越してきたその日のうちに済んだので、
この辺を色々と見たくて走っていたんだそうだ。
で、その帰る途中乗ってた原付きが壊れちゃって、今、こうして私の隣にいる。

「でもさ、一人じゃなくてよかったよ」
「それは私の台詞」
「じゃぁ、これも一緒だ」
「…だね」

何処まで一緒なんだろうね。
小さな村だからきっと近くまで一緒だろうね。
あの村ね、夜は早く明かりが消えるんだよ。
最初驚いたでしょ?
私はずっと住んでるから普通だと思ってたけど、前に遠くの大きな街に出かけた時は驚いちゃったよ。
夜もさ、星があんまり見えないくらいに明るいんだもん。

「あたしが前住んでた所もそうだったよ。眠らない街。そんな所だった」

二人して道路に寝転がってみた。
さっきよりも寒いけど、さっきよりもくっついて空を見上げた。
腕枕されながら見上げた空。
何処までも広がる空。
こんなのを知らない人もいるんだよね。

「どうしてこっちに越してきたの?」
「ん〜、新しい所に行きたかったからかな」

知らない世界が沢山ある。
だから知りたい。
だから色々な場所に最低限家具だけ持って移動をする。
その他のモノは家具を運ぶ原付きと、それらを乗せる車だけ。

ひとみちゃんは、そうやって生きてきたんだって。
ずっと同じ所に住んでいる私とは全然違う生き方だね。
そう言ったら、ひとみちゃんは空を見上げたまま笑った。

「いいじゃん、そういうのだって」

でも、私は知らない。
ひとみちゃんよりも色々なことを。

「だったら、あたしが教えてあげる。だから教えて。
 あたしが知らない梨華ちゃんが知ってる村のこととか」

そう言った後、ひとみちゃんは『そろそろ行こうか』と言った。
腕枕をしていてくれた腕で私のことも一緒に起こして立ち上がり、またさっきと同じように
前を歩くひとみちゃんの背中を見つめながら自転車を押さえながら歩く。

真直ぐに伸びる道。
きっともう村は眠っているだろう。
唯一ある酒場だってもうあの丸太のような作りの小屋から光りが漏れていることもなさそうだ。
言葉少なめに歩いて、ただ歩いて。
私達は自分の家のある所に向かって行く。

 

やがて見えてきた見なれた景色。
思った通り真っ暗で、何処の家も明かりなんて一つもついていなかった。

「しばらくは、ここにいれるの?」
「うん、まだ来たばかりだしね」

でも、いつかは行っちゃうんだ。
いつかわかんないけど、いつかは行っちゃうんだよね。
だったら、一緒にいれる間だけでも一緒にいたいな。
何か、今日会ったばかりなのに、いなくなっちゃうこと考えるのがもう辛いよ。

どうしてだろうね、どうしてなんだろうね。
お別れとか、そういうのに慣れてないからかなぁ。

「自転車、ここに置いといて大丈夫だから。ありがとうね」
「んや、あたしも来たばっかで知り合いとか誰もいなかったから楽しかったよ」

さっきみたく手を差し出された。
この握手の意味は何だろう?
ありがとう?それともこれからもよろしくね?
ジッと手を見つめていたら、ひとみちゃんがちょっと笑ってから言ってくれた。

「明日、ちょっと時間あったらこの村のこと教えてよ」

だからこの手は『これからもよろしくね』のための握手。

「お昼とかだったら大丈夫だよ」
「じゃぁ、お昼に村の入り口でいい?」
「うん」

だからその手に自分の手を重ねた。
ちょっとでも一緒にいれるように。
少しでも長くいれるように。

「じゃぁ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」

握りあった手を離しにくくて、でももう夜だからおやすみをしなきゃいけなくて。
イヤだなぁ、何か泣きそうかも。
また明日会えるっていうのに泣きそうだよ。

「何泣きそうになってんのさ。ほら、また明日会えるんだし」
「…うん」

ひとみちゃんはちょっと考えるように空を見つめてからぎゅっと私を抱きしめてくれた。
背中をぽんぽん叩きながら『すぐにどっか行っちゃったりしないから』
そう言ってしばらく抱きしめててくれた。
見上げた顔は、会った時とはちょっと違う優しい笑顔。

「話して欲しいことも、話してあげたいこともまだまだ沢山あるんだ。
 だからさ、しばらくはここにいるよ。知らないことも沢山あるし」

出会ってまだ数時間。
今は太陽じゃなくて月と星が光っている時間。
この先一緒に何回ここで太陽と月と星を見れるんだろう。
できれば、沢山見ていたいな。
そんな風に思う人に出会った。

「うん。もう大丈夫、ごめんね」

それは私達のはじまりの出会いで、私はこの先この人と長い道を歩いていくことをまだ知らない。
沢山の同じ時間、沢山の同じ空間で生きていくことをまだ知らない。

「じゃぁ、また明日ね」
「おう!じゃぁまた明日」

壊れた原付きと壊れた自転車。
ほどけなくなった上着が、私達の赤い糸だった。
この時の私はまだ知らない。


そのカタムスビされた上着をずっとほどかずにいる今の私達を

 

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