きっと、もうこんなに優しく手を握っていられる人はいない。
そう感じた。
そう感じさせてくれた手だった。
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「何か雨ふりそー」
「んとだねぇ」


窓の外を見もしないで、圭ちゃんはずっと新聞に目を向けてる。
生返事。
見てもいないくせに『んとだねぇ』なんて言っちゃって。
圭ちゃん、何しに今日家来たの?
新聞読む為?
カオリに会う為じゃないの?

お昼に『きょうのよるひま?』なんて平仮名だらけのメール入れてくるからメンバーの
食事の誘いも断って急いで家に帰ってきたっていうのに・・・。
久々のメールだったしさ、カオリ嬉しくてしょうがなかったんだよ。
圭ちゃん、そんなこと知らないでしょ?

「カオリ、今何時?」

カサッという音をたてながら圭ちゃんは新聞をめくって、また字を目で追いはじめた。
時計あるんだから自分で見ればいいじゃん。
ちょっと視線をずらせば時計なんて見えるのに。

「カオリ?」

・・・知らない。
圭ちゃんなんて知らない。
何さ、全然こっちなんか見ないくせに。
家来てからも最初の挨拶くらいしか目合わせなかったくせに。
いいもん、今作ってる肉じゃがだってカオリ1人で食べてやる。
圭ちゃんになんかあげないんだから。

「ちょっ、カオリ」

今さら追いかけてきたって無駄だからね。
せっかく頑張って作ったのに。
圭ちゃんに喜んでもらいたくて一生懸命作ったのに・・・。
ふんだ、『圭ちゃんなんて柱の角にゴチンって当たっちゃえばいいんだ』
そんな風思った直後、ゴチンっていう鈍い音が聞こえた。
思わず視線を音の方に向けたら、圭ちゃんが額を押さえてうずくまってた。
あまりの偶然にちょっと驚いて止まっちゃったけど、ずっと立ち上がらないでうずくまってる
圭ちゃんを見たら、さっきまでの怒ってた気持ちとかそんなのが全部吹き飛んだ。

「大丈夫?何でこんな所にぶつかるのさぁ」

圭ちゃんの額は真っ赤になってた。
とりあえず冷やさなきゃって思って圭ちゃんにベッドに座っているように言って台所に向かったら
また同じように鈍い音が聞こえた。
どうやら次はベッドの角に足を強くぶつけたらしい。

・・・何か圭ちゃんおかしい。

カオリは少し不安になった。
圭ちゃんがドジっ娘なのは前からだけど、こんなにドジドジを発揮するのは初めてのこと。
一度不安になるとどんどんどんどん不安な気持ちが生まれてくる。

『何でカオリと一回しか視線を合わせなかったの?』
『何でずっと新聞を読んでいたの?』
『何で外も時計も見ようとしなかったの?』

・・・。

「圭ちゃん」

ベッドの横で額と足を押さえている圭ちゃんの手を無理矢理掴んでベッドに座らせた。
額を押さえながら目元も押さえて、どうあってもカオリと視線を合わせないでいるつもりらしい。

「・・・圭ちゃん」

さっきよりも強い口調で言ったら圭ちゃんがちょっとだけビクっってなった。
それから少し沈黙が続いてから圭ちゃんがやっとこさ口を開いてくれた。

「・・・怒らない?」
「怒る」
「・・・。」

圭ちゃんはまたしばらくの沈黙を置いてから話してくれた。
随分前から視力が落ちてきていたこと。
そのことでずっとお医者さんにかかっていたこと。
さっきも新聞の字を読もうとして必死で字を見つめていたこと。
あと何か沢山言ってくれてたけど、カオリの記憶の中にはあんまり残らなかった。

「・・・今日は、何かすごくカオリに会いたくて」

この一言がカオリの心を沢山しめちゃったから。
ここに来るまできっと沢山苦労て、来てもどんな顔したらいいのかわからなくて、
それでもそれでも会いに来てくれて。

「・・・ばか」

でも最初に出てくる言葉はこれだよ。
言いことは沢山あって、でも全然言葉に出来なくて。
圭ちゃんが頭を撫でてくれて、カオリは馬鹿みたいに声をあげて泣いていたから。
『見えなくなるって決まったワケじゃない』って言葉もすごく遠くに聞こえた。
悲しいとか寂しいとかそんなじゃなくて、ただ圭ちゃんの胸の鼓動を聞いたら余計に涙が出てきちゃって。
撫でてくれる手の動きも、かけてくれる言葉もカオリの中に全部全部溶けていく。

『これからはちゃんと話すから、だからもう泣かないで』

髪におとされた唇の感触を感じたら、余計泣けてきちゃうじゃん。
圭ちゃんのお馬鹿。
圭ちゃんのおドジ。
でもね

『離れていかないで』

わざと圭ちゃんの服に涙を押し付けて小さく呟いたら、圭ちゃんはぎゅっときつく抱きしめてくれた。

『わかったから、だからもう泣かないでよ』

無理に決まってるじゃん。
でもね、でもね

 

『約束だよ』

 


絶対離れていかないでね。
握った手に力を入れたら圭ちゃんは笑いながらもう一度髪に唇をおとしてくれた。
作った肉じゃがはちょっと焦げちゃったけど、カオリは圭ちゃんと一緒にホクホクしたじゃがいもを食べた。
それは1人で食べるよりもずっとずっとおいしくて、ずっとずっと優しい気持ちにさせてくれた。
離れた手でも離れてなくて、きっと繋がる深いところで。
温もりはずっと消えないから。
消えそうになってもすぐ握りにいくから。だからずっとずっと一緒にいようね。
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乾いた涙、消えない温もり。
全部全部大切で。
濡れた頬、拭ってくれた優しい指。
全部全部愛しくて。
きっと、もうこんなに優しく手を握っていられる人はいない。
そう感じた。
そう感じさせてくれた手だった。

カオリ、ずっとずっと一緒だよ。

 

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