「あ、雪だ・・・」

コートの中に手を入れて、2人して肩を並べて歩いていたのはもう日もとっくに暮れた夜の7時くらい。
仕事が早めに終わったからって理由で一緒に買い物に来て、夕飯どうする?
何て言いながら家の近くをふらふら歩いていた夜の7時くらい。

「本当だ。あれだね、ドラマとかだったら寒いはずだぁとか言う場面だね」

空を見上げて隣でひとみちゃんは口をポヶーっと開けてる。
深く被った帽子が邪魔で、きっとあんまし空が見えないんだろうな。
長い首をマフラーの隙間から覗かせて、狭い視野で広く空を見ようと頑張ってる。

「ねぇねえ、あそこの公園行こうよ」

そう言って指差したのはちょっと暗めの小さな公園。
ベンチ一つに滑り台一つに小さな砂場一つの可愛らしい公園だ。
きっと今ひとみちゃんにしっぽが生えてたら、すんごい勢いで振ってるんだろう。
帽子の隙間から覗く目が、すんごく綺麗にキラキラ光ってる。
テレビの時とかじゃ見れないような素のひとみちゃん。

ねぇ、一緒になってこうやって雪見るの何回目だっけ?


手を引っ張られながらぼんやりとそんなこと考えた。
こうやって一緒に東京で雪を見るってさ、すごく偶然がいっぱい重なって、
その中に運命なんていうのも重なってるのかもね。


「あんまし積もらないかもね」

ちょっと寂しそうな声は毎年聞いてる気がする。
その年初めて降る雪は、いつだってすぐ溶けちゃうような雪が多くて、
その度にひとみちゃんは寂しそうな声を出す。

私も小学生の頃、よく同じように思ってた。
雪が降るとワクワクして、ドキドキして、雪が積もったら何しようとかいっぱい考えて、
暖かい部屋の中から、窓にぴたっとくっついて外を眺めてたもん。

昔に比べたら、降る雪も、積もる雪も随分と少なくなった。
お仕事とかで電車とかも使うから、ありがたいようで、でも少し寂しくて。
あのワクワクしたような気持ち。
あのドキドキしたような気持ち。
忘れたくないんだよね。
それに実家で住んでた時も、東京で1人で暮らし始めてからも、ホワイトクリスマスって
あんまり体験したことないからそれにも憧れてるんだ。

大好きな人と一緒にクリスマスに雪を見る。

まだ、1度も叶えてないから。
空に向かって息をハァッて吐いて、わざと白い息を空中に浮かべてみた。
うん、やっぱし寒いね。
そんなことを今さら確認して、ちょっと満足してたら携帯が震えた。

ディスプレイには『ひとみ』の文字。
・・・これってひとみちゃんじゃん。

「もしもし?」
『近くにいるのに変なの』って思いながら通話ボタンを押した。
そしたら、 いつの間にか滑り台のてっぺんまで昇って帽子を脱いでいたひとみちゃんが、
ちょっと痕のついてしまった前髪をいじりながら電話越しで

『ねぇ梨華ちゃん。梨華ちゃんは外で見る雪と家の中で見る雪どっちが好き?』

って言った。電話越しに聞くひとみちゃんの声は、何か特別な感じがいつもするんだ。
何度もこうやって話してるけど、あんまし電話で話すってこと少ないじゃない?
だからひとみちゃんからかかってきた電話の、ひとみちゃんの声って特別な感じ、するんだ。

『り〜かちゃん。ねぇ、どっちが好き?』
「そうだなぁ・・・暖かい部屋の中で見るのも好きだけど、ちょっと寒い外で
 好きな人とくっついて見るのも好きだなぁ」
『・・・梨華ちゃんはそうやって外で見たことあるの?』

あ、ひょっとして拗ねちゃった?
顔を見なくたって分かる、ひとみちゃんの今の表情。
きっと唇を突き出してつまらなそうな顔してるんでしょ?

「そうだね、うん。あるよ」
『・・・ふ〜ん』

そう言ってひとみちゃんはちょっと黙ってしまった。
手に持った帽子をクルクル指で回しながら色々考えてみるみたいだ。
あ、何かそういう表情見るの久しぶりかも。
甘えん坊なくせに、テレビじゃちょっと強がってみせちゃって、それでクールっぽくみせちゃって。
だからプライベートな時間でも思わずそんなのが出ちゃってる時あるんだよね。
だから今みたいに拗ねた子供みたいな顔して、真剣に考える表情。
うん、すごく久しぶりに見たかも。

「ねぇ、ひとみちゃん」
『・・・ん?』
「覚えてない?」
『・・・何が?』

もう4年くらい前になるのかな?
その時のこと。
あ、そうか。
もう4回目になるんだ。

「一緒にさ、雪見た時のことだよ」

 

 

『ひとみちゃんって、雪みたいだね』

こんな風にさ、私言いながらぎゅってひとみちゃんのこと抱きしめたんだよ。
そうだ、確かこの時だよね。
一緒に雪、見たの。

『毎年見てるじゃん』
「そうだけど、ちょっと違う」
『えぇ〜そんなのよくわかんなよ。何かヒントとかないの?』

ひとみちゃんは、器用にお尻を付けないように滑り台から下りてくると、
そのままの勢いで砂場にピョンとジャンプをして、くるっと振り返って小首をかしげた。

「ヒントねぇ・・・じゃぁ、雪。ヒントは雪」
『は?それじゃぁさっきと一緒じゃん』
「違うよ。一緒じゃない雪だよ」

小首をかしげたまま、ひとみちゃんはこっちに向かって歩いてきた。
電話をするような距離じゃないけど、まだ耳に電話を当てたまま。
私との距離は数十cm だけどもお互い電話を耳にぴたっと当てたまま。

『・・・あたしのこと雪みたいって言った時のこと?』

電話から聞こえてくるひとみちゃんの声と、直接聞こえて響いてくるひとみちゃんの声。
何かとっても不思議な感じ。

「そ、正解」
『忘れるワケないよ。突然ぎゅって抱きしめられて雪みたい何て言われたんだもん。
 結局さ、雪みたいっていう理由も聞いてないし。』

ちょっと御立腹ぎみ?なひとみちゃん。
そうだったけ?
言ってなかったっけ?

『でさ、どうしたのさ。突然そんなこと』
「ん?まだわからない?」
『は?いや、全然意味もわかんないし』

雪みたいに繊細な心を持ってて、だけどすごく暖かい。
そんなひとみちゃんに出会ってさ、恋してさ、初めて一緒に過ごした雪の日なんだよ?

「だから、私が外で好きな人とくっついて過ごした雪の日」
『・・・へ?』

初めてだったんだよ?
好きな人と一緒に雪の下で過ごしたの。
でさ、嬉しくて、ちょっと寒くてギュッて抱きしめたんだよ。

「ちょっと鈍感で、でもすっごく優しくて、でもキレると物に当たって、
 それでもやっぱり優しくて、雪みたいに暖かい人と過ごした初めての雪の日なの」

プチッと電話を切って、持ってた携帯をコートのポケットにしまいこんだ。
目の前にいるちょっと鈍感な人は、まだ携帯を耳に当てて固まってて、
何かその間の抜けたような姿が妙に可愛らしくて、私はあの日のように
ぎゅっとひとみちゃんを抱きしめた。

「聞いたのはひとみちゃんだよ?梨華ちゃんはそうやって外で見たことあるの?って」

あの頃から、ずっと私はあなたに恋をしてた。
今はあの頃よりと違って、お互いにもっとお互いに恋をして一緒にいるけど、
あの頃も私は気持ち、届いてると思ってたんだけどなぁ。
ちゃんと届いてなかったのかな?

「あの頃、私がひとみちゃんのこと好きだっていうの、知ってたでしょ?」
「え、あぁ、うん」

後ね、ひとみちゃんが私のこと好きだっていうのも届いてた。
ってか届きすぎてたよ。
年が近すぎて、恥ずかしくてふざけて『好き』とかもあんまし言えなかったけどね。

「あの日、私にとっても初雪なんだ。
 好きな人と一緒にくっついて見た初雪なの」

だからそんな拗ねた顔しないで。
こうやってさ、好きな人と雪見るってこと、それまでしたことなかたんだから。

「梨華ちゃん」
「ん?」
「あたしも、その頃から好きだったんだよ?」
「うん、知ってた」


ひとみちゃんは『そっか』って言いながらぎゅって抱きしめてくれた。
チタチラと降っていたこの雪はもうすぐ止んでしまうんだろう。
そんな気のする振り方で、私達の肩や頭に乗っては水の球となって溶けていった。


ねぇ、ひとみちゃん。
多分ね、あの日、ぎゅってひとみちゃんの近くで体温を感じられた時。
あの時が私にとっても初雪だったんだと思うんだ。


きっと忘れられない私達の『初雪』だったんだと思うよ。

 

Novel topへ戻る。