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ドラマを見てて
『こんなんありあないよ』
って思うことがあった。
ってか声に出してよく言っていた。
だってさ、自分にそんなドラマみたいな偶然が降り掛かってくるなんて思はないじゃん。
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その日の朝は何の変哲もない朝だった。
目覚ましで目を覚まして、少しベッドの上でぐでーっとして、ノロノロ起き上がって顔洗って
簡単に作った朝御飯食べて、着替えて教科書とか入った鞄かついで扉に鍵をかけて家を出る。
ほら、いつもと同じような朝だ。

近所の野良猫がテトテト歩いて、ぱたぱた鳥がお空を飛んでて。
あたしは駅までの道をぼーっとしながら歩いていく。
今日も寒ぃなぁなんて思いながら。
ほら、いつもと同じ道だ。

満員電車に乗りながら、お気に入りの音楽を聴いて、学校へ向かう。
同じ時間で同じ車両に乗るから、知ってる顔ももちろんいる。
まぁ知り合いでもなんでもないから『今日も乗ってるなぁ』くらいに思う。
ほら、いつもと同じ電車のはずだ。

 

そんな単調で変わらない毎日を送っていたあたしに突然降り掛かってきたドラマのような偶然。

 

いつもみたく改札を出て、いつもみたくだらだら続く坂道を歩いた。
その道は学校へ行く近道で、人通りが少なくて、ビルでいつも影になっている道だ。
そこをちょっと音楽を聴いてのりのりで歩いていたら、肩を叩かれた。
振り返ったらあたしの定期入れを持った女の子が息を切らしてニコッと笑って立っていた。
あ、可愛い。
これが印象だった。

「これ、改札の所で落としましたよ」

多分ズボンのポッケに入れようとした時に落としたんだろう。
彼女はそれを拾ってくれて、あたしの後を必死で追いかけてくれたらしい。
何度も呼んでくれたらしいが、あたしがウォークマンのボリュームを
上げすぎてたせいで気付かなかったらしく、何度呼んでも振り向かないあたしを
彼女は走って追いかけてくれたようだ。

「歩くの早いんですね、ちょっと走っちゃいました」

息を落ち着かせながら彼女はそう言って定期入れを渡してくれた。
そしてそのまま『それじゃぁ』と言って笑ってあたしの横を通りすぎて行った。
いや、『それじゃぁ』ってあたしまだお礼言ってないじゃん。
で、『待って』って言おうとして一歩前に踏み出したら、すんごいベタにすっころんだ。
それもバナナの皮で。
ありえない偶然。
ありえない後頭部への痛み。

 

・・・ありえない自分。

 

すんげーカッコ悪。
まさかこんなベタな芸人のするようなコケ方するなんて予想外。
ってか予想もしたくない。
でもってクールなあたしのイメージを自分で壊したような気がしてちょっと泣けてきた。
痛む後頭部を摩りながら立ち上がって、ここが人通りの少ない道でよかったなんて思いながら
おケツをぱんぱん叩いて何でもない風に装いながら歩いてみた。
・・・ケツ痛。

定期入れを拾ってくれた子はもう見えなくて、あたしはまた偶然会えた時にでもお礼を言えば
いいかなんて思いながら残りの坂道を歩いて上がった。
ちょっと車通りの激しい道。
いつも他の人の登校時間よりも少し早めに学校へ来ているあたしの他にはあまり学生はいない。
で、その学生達は車が走ってない一瞬を狙って道路を走っていく。
まぁここの信号は確かに変わるの遅いからわからなくもないんだけどさ、危ないよ、それ。
しばらくポヶーっとしてたら信号は変わる。
だからあたしは横断歩道を渡る。
うん、いつもと同じだ。

でも、その日はちょっと違った。
ここの信号は赤から青に変わるのは遅いくせに、青から赤に変わるのはちょっと早い。
だからもたもたしてたらすぐに点滅信号だ。
横断歩道を渡り終わったり、後はまっすぐ坂を下って右に曲がれば学校に着くのに、
何故かその日、あたしは後ろを振り返った。
理由なんてわかんないけど、後ろを振り返った。

信号が点滅しているのに、重そうな荷物を持って杖をついたお婆ちゃんが
横断歩道の真ん中らへんをえっちらおっちら歩いていた。

即ダッシュ。
すんげー勢いでダッシュした。
驚くお婆ちゃんの荷物を持って、手を引いて横断歩道を渡りきる。
あぶないよ、おばあちゃんあぶないよ。
皆出勤途中でイライラしてるからすごい勢いで車走るんだから。
おばあちゃんは『ごめんねとありがとう』をくり返した。
気を付けて下さいね。
そう言って学校へ向かおうとすると、おばぁちゃんがあたしを引き止めて
大きな荷物の中からがさごそと探し出してみかんを一つあたしの手に握らせた。
『お礼だから、受け取って下さい』そう言っておばあちゃんはまた杖をついて
えっちらおっちら歩き始めた。
あたしはまたこけることを警戒して、おばあちゃんに向かって大声で『ありがとう!』って言った。
おばあちゃんの背中が笑ったような気がした。
そしてあたしは坂道を下った。

みかんを片手に持って、ちょっとウキウキ気分で坂道を下った。
そしたら坂道の横に不思議な箱を見つけた。
持っていたみかんを鞄の中にしまって、明らかに不自然に置いてある箱の横にしゃがみ込む。
その不思議な箱はケーキサイズ。
うん。丸型のケーキサイズくらいだ。
何だろーって思ってすんごく普通に箱を開けたら、中に1枚の紙が入っていた。
『上を見てごら〜ん』
たった1行。
それだけが書かれてた。

素直に上を向くあたしもどうかと思うけど、すんごく素直に上を向いた。
だって、書いてあるんだもん。
見上げた空から・・・どデカイベーグルが降ってきた。

 

・・・ありえないって。

 

すごい冷静にそんなこと思いながら、あたしは落ちて来るベーグルを受け止めて、
地面とベーグルに挟まれた。えぇっと、これすんごく重いんですけど。
でもって、いくらあたしがベーグル好きだからと言って、こうベーグルに押しつぶされて
死んでしまうなんていうのはちょっと考えものなワケで。・・・やっぱしこんな死に方嫌。
あたしはベーグルをどけようとすんごく必死。
足をばたばたさせて、腕で思いきりベーグルを持ち上げようとしたり、
『ぬぐぅ〜』とか『うあはぁ〜』とか声を出しながらすんごく必死。
でもさ、やっぱしベーグルはビクともしないワケ。
で、あぁもうダメだぁ・・・・とか思ったら、何かフッと意識が遠のいていってしまった。
・・・こんな人生の終わり方嫌だったなぁ。
あたしの記憶の最後の言葉はコレだった。

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「う・・・うぬん・・・」

何かすんごく後頭部に痛みを感じて、あたしはうっすらと目を開けた。
視線の先には蛍光灯が見えて、白い天井があって、さっきまであたしの上に
居座っていたベーグルさんがいなくなってた。

「あ、目覚めた?」

ベーグルさんの変わりにいたのは、さっきあたしの定期を拾ってくれた子。
・・・だと思う。
まだボげーっとしている脳味噌でさっきの女の子のイメージ画像をひっぱり出して、
今あたしのことを覗き込んでいる子と照合してみる。

・・・・間違いない。

ってか間違えるはずもない。
うん、さっきの可愛い娘だ。

「今先生呼ぶからね」

・・・先生?学校の??
いや、そんなアフォな。
ってか、ここって・・・・・
天井以外を見たくて、ぐいっと身体を起こしたら、ズキーって後頭部が痛んだ。
定期入れの女の子が慌ててあたしの身体を押し付けて『まだ寝てて』とか言っている。

「・・・あのさ、ここって」
「あ、うん、病院だよ」

ホゲーっとするしかなかったあたしに、定期入れの女の子は説明してくれた。
あたしに定期入れを渡した直後、何かすごい音がして『ぐはぁぁ!』とか変な声(あたしの声らしい)
がしたから振り返ったら、バナナの皮のすぐ近くにあたしがぶっ倒れて気を失っていたこと。
で、何度呼んでも目を覚まさないから大事だと思って救急車を呼んでくれたこと。
一緒にわざわざついてきてくれて、そんでもってあたしが目を覚ますまで付き添ってくれていたこと。
後、何かすんごくあたしがベッドの上で唸っていたこととか。
ともかく、あたしはこの名前も知らない定期入れの女の子にとんでもなくお世話になったらしい。

「あ、じゃぁ、私そろそろ行くよ」

一通り説明してくれた定期入れの女の子は、笑顔でバイバイって言って病室を去ろうとした。
いや、あの、ちょっと待って。
そりゃイクナイ。
2度もお世話になって、何も言わずにバイバイとかありえないから。

あたしはバナナの皮とかでベタに転ぶことのないように、ベッドの上から定期入れの女の子を読んだ。
名前わかんないから、すげー夢中に『定期入れの女の子!』って。
下手なナンパよりもタチが悪い。
同じ病室にいる人達の視線が一気に集まるのが分かってたし、ついでにちょっと恥ずかしかったけど、
このままバイバイするなんて嫌だったから。
そんな呼び方をした。
定期入れの女の子は、クルって振り返ると顔を下に下げたままバタバタばたばた早足で
戻ってきて、カーテンをガシーって引っ張ると真っ赤になってた顔を上げた。

「・・・恥ずかしいから、そんな風に大声で呼ばないで」

そんな風とは『定期入れの女の子』ってことだよね。
湯でタコみたいに顔を真っ赤っかにしている定期入れの女の子に、何より早く謝って、
さっきまで座っていてくれた椅子に腰掛けてもらった。

「・・・・あのぉ、えぇっと」
「・・・何よ」

何だか相当御立腹。
定期入れの女の子は頬に空気をプスーっと入れて、恐くないけど恐いような顔をしていた。

「あのぉ、色々、すみません」
「・・・別に」

さっきの笑顔のバイバイが嘘のようで、何だか今はすんごく声が低い。
いや、高いんだけど低い。

「えぇっと・・・怒ってらっしゃる?」
「・・・そうかもね」

今だに空気いっぱいの頬であたしを睨んでくる定期入れの女の子。
・・・理由を探せあたし。頭の中はすっちゃかめっちゃか。
理由を探せと脳内であたしが走り回っている。
ぐるぐるぐるぐるアフォみたいにずっと考えてたら、定期入れの女の子が空気をすぽーっと抜いて
椅子からベッドの上にお尻の位置を移動した。

「ヘビ」
「ほへ?」
「ヘビ、嫌いでしょ」

・・・何でそれを。
何でそれを知ってるんだい?
あたしの思考を止めるように定期入れの女の子はほいほいほいほいあたしの嫌いなモノや好きなモノ、
ついでにクセや色々なモノを当てていく。
・・・あれ?
何か糸みたいなの見えた。
今、糸みたいなの見えたよ。
ほれ、もうちょう見えてこい。
糸・・・記憶の糸。

「・・・まだ、思い出せない?ひとみちゃん」

一言で、糸から先の記憶がどばーって溢れてきた。
あたしのことをひとみちゃんだなんて呼ぶ子は今までで1人しかいない。
幼稚園の頃、すんごく仲が良くて、すんごく大好きだった子。
でも、その子は小学校に上がる前、突然引っ越してしまって、東京へと行ってしまったんだ。
あたしはすごく悲しくて、寂しくて泣いたもん。
小さい頃『絶対に結婚するんだもんねぇ』とか言いながら手を繋いで走り回って、
一緒に転んで、いつもぐしぐし泣いてたんだよね。

「・・・泣き顔」
「へ?」
「泣き顔な感じは、変わってないんだね」

ちょっと困ったような表情はいつものことで、でも笑うとキラキラしてた。
そんな顔、今も、変わってない。幼い頃の恋だったかもしれないけど、あたしはすごく本気で、本気で。
ただ、ずっと一緒に手を繋いでいけるもんだと思ってた。
一つ年上で、だけどすんごくネガティブで。
ずっとずっと大好きだった...「梨華ちゃん」ニへーって笑ってみた。
気付いたのは今さらだけど、ほら、これって感動の再会ってやつでしょ?
だから腕を広げて『いつでも胸に飛び込んでおいで』状態を作っておいたら、定期入れの女の子、
基、梨華ちゃんは大きくため息をついて、あたしのおでこに強烈なデコピンを放ってきた。

・・・すげー痛ぇ。

涙目になって、ぶーって口をとんがらせて抗議をしたら、ベッドに座ってた梨華ちゃんは
そのままあたしに攻撃開始。
ぽこぽこポコポコ布団の上から身体を叩かれ、バカーやらアフォーやら色々言われた。

『私はすぐに気付いたのに』
『私はずっと忘れてなかったのに』
『ずっと前からひとみちゃんが同じ学校だってこと知ってたのに』
『何よ!定期入れの女の子って!!』
『何でバナナの皮てこけるなんてベタなことするのよ!!』
『いつの間にそんな背高くなったのよ!』

とか。
まぁ、色々言われますた。
整理じゃないけど、整理をすると、埼玉から神奈川に引っ越してしまった梨華ちゃんは、
今、あたしも通っている大学に入学した。
で、あたしも次の年にその大学に入学した。
梨華ちゃんは大学であたしを見かけたことがあって(タレ目で色白男前がポイントだったらしい)
実は何度か声をかけようとして近くまで来てくれたものの、あたしがあまりにも気付かなかったから
自分だけが覚えてるなんて悔しいって思って声をかけなかったらしい。
まぁ、ともかく。
ええっと、そのぉ・・・・

「ごめんなさい。で、ありがとう」
「え?」

ごめんなさいっていうのは理由が沢山詰まってて、説明するには時間がかかりそう。
でも、ありがとうの方は簡単だ

「ほら、定期入れ拾ってもらったお礼言ってなかったから」

まぁ、他にも沢山意味は詰まっているけど、きっと梨華ちゃんはバカーとか言いながら聞いてくれない。
だってすんごく泣いてるもん。
えぐえぐ言いながらぼろぼろ泣いてるもん。
昔みたいに『可愛いねぇ』とか言いながら、頭をぐしぐししたら、梨華ちゃんは余計に泣いてしまった。

偶然で、でも運命のような出会いをした。
それは、沢山の偶然が集まって出来たモノだったみたいだけど、やっぱりそれは偶然で。
でも、あたしは思ってるんだ。
これは、偶然のようだけど、絶対に運命だって。


ほら、だってこんなにもくしゃーってした笑顔で笑いあえるんだもん。

 

 


だから、今日あたしは、偶然な運命の出会いをしたんだ。

 

 

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