その頃、あたしはガキンチョだった
守りたいモノも守れない
そして誰かを傷つけることしか出来ない。
視野が狭くて、臆病で。
独りでいることが出来なかった。
身体だけはどんどんと大人になっていく。
心・・・その成長が止まっていたのだ。
早く大人になりたかった。
一人で生きていけるようになりたかった。
でも分からなかった。
子供から抜ける術を知らなかった。
夜の公園。
街灯も当たらないベンチに座っているのが好きだった。
光りが嫌いだったから。
ある夏の日、あたしの側に野良犬がやって来た。
乱れた毛に痩せた身体。
みるからに弱っていた。
だけどソイツは媚びることなくあたしの隣で丸くなって眠るのだ。
ずっと、ずっと。
あたしが公園から出る時、そいつは目だけであたしの姿を追って、
すぐに目を反らして眠りについた。
そんなソイツの態度が妙に気に入っていた。
誰にも心が許せなかった頃、ソイツには妙に心を開きかけていた。
まだ暑さの残る夏、仕事が続いた。
連日というのは久しぶりだった。
だから公園に行くのも数日ぶり。
人を恐れ、近付いてくるごっちんですら受けいれることが出来なかった。
そんな中で、心の中で少しでもゆとりが持てていたのはソイツのおかげだった。
そう、今でも信じている。
久々に訪れた公園。
夜のあたしの特等席。
そこに置いてあったプレゼント。
光りに当たらないその場所は、誰にも見つからなかったんだろう。
ソイツは心ないモノの手によって殺されていた。
遊び心かどうなのか。
そんなこと、私には分からない。
ただもう生きていない。
それだけが分かった。
ソイツの痩せた身体に乱れた毛、血で濡れていた。
淡々と過ぎていく日々の中、唯一光り。
奪われた光。
切られた首を見て思った。
『ソイツを殺したのとあたしにどんな差があるのだろうか』
何の変わりもない。
生きているものの命を奪うのだ。
全く同じだ。
汚くなった手を思いきり噛んだ。
流れてきた血を、ソイツの血の上に垂らした。
幼い儀式のつもりだった。
攻められる相手もいない。
攻めるような自分もいない。
ただ、ソイツの失われた命に触れたかった。
そう思った。
小さな墓を作った。
ベンチの裏の木の根元に。
産まれて初めて何かの為に土を掘った。
自分の罪も一緒に掘っているような気分だった。
一生埋まらないくらいに深く、暗く、果てしなく。
弔いのようなモノが終わった頃には朝日が昇ろうとしていた。
光りを好まないあたしは足早に公園を後にした。
そして訪れることもなくなった。
自分の力のなさを痛感させられた夏の熱い日
悲しさや喪失感をうめる為に
その夜、生まれて初めて人を抱いた。
彼女もあたしも初めてだった。
不器用な探りで彼女を奪った。
あたしの下で笑っている彼女を見て、埋まらない穴が広がっていく気がした。
夜を過ごす度に積み重なっていく罪。
快感なんてものは得なくていい。
重ならない唇、重ならない身体。
衣服に付着する体液が、またあたしの罪を大きくする。
止められない罪に止めようとしない身体。
一度溺れれば這い上がれない。
這い上がるつもりもない。
あたしは他人の優しさに甘えていた。
夜、ごっちんを抱いた後にはいつもハーモニカを吹いていた。
落ち着かせる為だったのか、紛らわせる為だったのか。
最後の1本の神経をつなぎ止めていくには必要だった。
大人になりたいとか言っておきながら、子供だったのはあたしだ。
ごっちんはあたしよりも全然大人。
あたしはいつでも甘えていた。
だから離れていこうと思った。
自分勝手な都合で抱いて、自分勝手な都合で捨てた。
あたしは最低な生き物だ。
肉欲に溺れ、人の弱い所を探る。
そのくせ自分の弱味を見せようとはしないで、見られそうになったら逃げていた。
憶病者。
どんなに粋がってみても憶病者だった。
月日は流れる。
その間にあたしは片腕を失い、守るべき存在を手にした。
今のあたしがあの頃いたら、何か少しは変わっていたのだろうか。
それとも何も変わることなんてなかったんだろうか。
考えても分かることじゃない。
ただ、考えることが必要だと思った。
数年ぶりに訪れた公園。
相変わらず日の当たらない土の上に、あたしは一本だけ花を置た。
きっともう来ることもないだろう。
名前もないソイツに最後のお別れをした。
もう会うこともないだろう。
だから言っておこう。
『ありがとう』
そう言っておこう。