「なぁ後藤、お前とあたしが初めて会った日のこと覚えてるか?」
高速は渋滞中。
ラジオからは何だかよく分からない音楽が流れ続けている。
後藤も市井もとても眠たそうだ。
正確に言うと後藤は今さっきまで爆睡していたのだが・・・。
助手席に座る後藤は突然の質問に寝ぼけた眼で市井を見つめた。
その横顔は何でもなくて、ただ意味はないけど質問をしたという感じだ。
「ん〜?どうしたの??突然に」
「いや何だか聞いてみたくなった」
「ふ〜ん、市井ちゃんは覚えてるの?」
「あぁ、そんなハッキリってワケじゃないけどな。
あたしを見るなり鼻水と涙で顔ぐしゃぐしゃにして泣きやがった」
「・・・それはハッキリって言うんだよ」
「あまりにも突然だったから、あたしも驚いて
思わず小さいお前を抱き締めたんだよな」
少しづつ動く車が後藤と市井の時間を少し戻す。
「市井ちゃん始め見た時は恐かったもん。
後藤は小さいながらに恐怖っていうものを感じたからねぇ」
「まぁ昔はゆとりなかったからな」
「でもね、市井ちゃんが抱き締めてくれた時、後藤は嬉しかった。
何だかとっても嬉しかった」
「・・・そうか」
あたしと後藤が始めて出会ったのは、あたしがまだ幼稚園生の頃だ。
ちっこい後藤が裕ちゃんの手を掴んで、自分の親指を口につっこんでた。
『何だこのちっこいの?』そんなことを思って後藤を見たら、突然泣き出しやがった。
涙も鼻水もがんがん出して、大声でビービー泣きやがる。
幼いあたしでも正直焦った。
どうしていいか分からんないし、裕ちゃんはそんなあたしと後藤を置いてどっか行ちゃうし。
困った。
だからぎゅって抱きしめてみた。
自分よりもちっこくて、自分よりも泣き虫な後藤を。
後藤はしばらく泣いた後、あたしの胸をぽこぽこ叩いた。
何喋ってるか全然分からんなかったけどお、もうおびえられてないことを感じた。
その初めての出会いから、私と後藤はつねに一緒にいた。
睡眠も食事も風呂までも。
いつでも全開でぶつかってくるアイツ、一緒にいて悪い気は起きなかった。
後藤が年齢的に中学生の頃だったろうか?
ちょっと変わりはじめた。
いつもべったりくっついていたはずが、夜中に突然いなくなって明け方帰ってきたりした。
深く探索するつもりはなかったけど、時たま悲しそうな表情をする後藤を放っておけなかった。
しばらくの間は、何を言っても黙っていた後藤だが、それからしばらくしてやっと口を開いてくれた。
後藤は抱かれていた。
吉澤に。
恋愛感情なんてお互いに持っていない。
それでも身体を合わせていたのは、2人に何か通ずるものがあったからなのだろうか。
それは今でも分からない。
ただ、後藤は『よし子が壊れる』そう言っていた。
吉澤は組織の中でも一番荒れていた人物だった。
それを支えていたのが後藤だったんだろう。
本当は繊細なくせに、それを押し殺して突っ走っていく。
馴れ合いを好まない吉澤のことを、後藤は悲しそうな目で見ていた。
後藤は優しい子だ。
それは断言できる。
『こんな環境に身を置かれていなかったら』何度も思ったことがった。
優しすぎる故に、暴走してしまう。
自分でも抑えきれない力、暴発する力。
一番の引き金はあたしだ。
あいつは私の血を見るのがダメらしい。
一緒に仕事をしていた時のことだ。
ちょっとしたヘマをしてあたしは足を撃ち抜かれた。
そして後藤がきれた。
引き金が自分だということを知った日だった。
後藤はいつでも笑っている。
無表情とか言われても、後藤はいつでも笑っている。
通じない想いを持っていたとしても笑っている。
強いか弱いかで言ったら絶対後者だ。
後藤は弱い。
だから強くなろうと笑っている。
後藤に告白さらた時、あたしは圭ちゃんを失って少し荒れていた。
ゆとりもなかったし、そんな状態で後藤を抱くことも出来ない。
だから断った。
その時も後藤は笑っていた。
弱いくせに強がって。
重ねた唇から流れる感情をいつでも拒否をした。
それでも後藤は笑っていた。
あたしだって後藤が好きだった。
それでも拒否をしていた。
後藤は多分あたしの気持ちに気付いていたと思う。
でも深く攻め寄ってはこなかった。
あいつなりの優しさの見せ方なんだろう。
全てが終わって、色んな所を巡るようになり、あたしは後藤と身体を合わせた。
何度も何度も。
いつのまにか自分よりもでかくなっていた後藤を抱くのは少し変な気分だった。
後藤は笑顔の回数が減った。
ただ、笑顔の時は心から笑った時の顔だ。
怒った顔もするし、泣いた顔もする。
人間らしい表情が増えてきた。
きっとこれが本当の後藤なのかもしれない。
「いちーちゃん、後藤は今も昔もいちーちゃんといれて幸せだよ」
そしてこれも後藤。
きっと離せないだろう。
鼻で笑い飛ばすあたしの方が最近じゃ素直じゃなくて格好悪い。
だけどそれがあたしだ。
相変わらず渋滞は続く。
それでもこの空間ならいいかと思った。
「とりあえずお前は寝てろ」
今夜は良い夢を見させてやるから。