天気予報で言ってたとおりに、今日は朝からずっと雨。
あたししかいない静かな部屋では、窓を打ちつける雨の音がやけに響く。
その音は一人悩み続けるあたしを少し苛立たせた。
ふと、カーテンを開けてみた。
窓の向こうは、ただ雨が降り続けるだけ。
いつもの雨の日と何の変わりもない。
でも、この日は何か違った。
そんな当たり前な雨の日の風景が、あたしに何か教えてくれる気がした。
前に進めないあたしが変われる何かを…
そして、あたしは部屋をあとにした。
その雨に何かを教えてもらうために…

 

ここは近所の公園。当然、雨の日だから人気はない。
あたしは、公園の中央へと向かった。
そして、一度だけ大きく深呼吸をすると、差していた傘を閉じて空を見上げた。
空は鉛色をした雲に一面を覆われていて、そこからは重力に導かれた雨が
あたしに容赦なく降り注ぐ。
どれだけ見上げていても、雨は何も教えてくれない。
だから、あたしは空に向かって問い掛けた。


「どうすれば…どうすればいいんだよ……この気持ち…梨華ちゃんへの
 この気持ち…どうすれば……」


答えは返ってこない。ただ雨が降り続けるだけ…

「怖いんだ…梨華ちゃんにあたしの想いを告げても…拒絶されるんじゃないかって……
 今を…梨華ちゃんを失うのはイヤだから……」

彼女は、今まで感じたことのない安らぎや幸せをあたしに与えてくれた。
だから、あたしの想い…彼女にもっと近づきたいという欲望で
今の二人の関係を失うのが怖かった。そして、そんな恐怖に心は雁字搦めにされ、
今まで彼女に想いを告げることが出来なかった。

「……あれ?…」


気が付くと、あたしは泣いていた。
そっか……今まで誰にも言えなかった彼女への想いを、こうして空に打ち明けて
少しだけ心が開放されたんだ……
もう随分と長い間、こうして涙を流していなかった気がする……
空から降り続ける雨があたしの涙を拭ってくれた。
何も答えてはくれないけど、あたしを優しく受け止めてくれたんだ…
その時、恐怖で雁字搦めにされていた心の壁が崩れていく音があたしには聞こえた。
このままでは前に進めない……
彼女に自分の想いを伝えない限り、前には進めない……
彼女を失うかもしれない……
彼女を傷つけるかもしれない……
想いを伝える…これはただのあたしのワガママなのかもしれない……
でも、あたしは決心した。

「好き」


その一言を伝えることを。

 

ズボンのポケットから携帯を取り出した。
本当は会って直接伝えた方がいいんだけど、今すぐに伝えたかったから。
携帯のディスプレイには彼女の名前と番号が映し出されていた。
ボタンを一つ押せば彼女に繋がる。
決心した筈なのに、あたしの親指は少しだけ震えていた。
でも、ここで逃げては意味がない。
あたしはボタンを押して、携帯を耳に当てた。

『もしもし?ひとみちゃん?』
「うん……」
『どうしたの?』
「実は…梨華ちゃんに伝えたいことがあって……」
『何?』

あたしの声は少し震えていたかもしれない。
でも、彼女の声を聞いていると心は不思議と落ち着いてきた。
やっぱり彼女はあたしに安らぎを与えてくれるんだ…
そして、私はついに自分の想いを口にした。

「あたし…梨華ちゃんのことが好きなんだ…友達としてとかそんなんじゃなくて…
 恋愛感情を持って好きなんだ……」

携帯の向こうにいる彼女は黙り込んでしまった。
そして、沈黙と共に傘に雨が打ち付ける音が携帯越しに聞こえていた。
やけにその音が頭に響く。家にいた時と同様にその音はあたしを少し苛立たせた。
いや、苛立たせたんじゃない。あたしを不安にさせた。
突然、携帯は切れた。

拒絶………

その言葉があたしの頭の中を駆け巡る。
彼女を失った……
そして、彼女を傷つけた……
終わった…………
覚悟はしていた筈なのに、あたしはショックだった。
何も考えることも出来ず、携帯を握り締めたまま俯いて地面を見つめた。

 

 

突然、あたしの目の前に人の気配を感じた。
顔を上げて見てみるとそこには………

「梨華ちゃん!?」
「うん…」

今の状況が理解出来ない。何故こんなところに彼女がいるのか。

「どうしてこんなところに……」
「ひとみちゃんのおうちに遊びに行こうかなって思って。それで行く途中だったの。
 それで、公園の前を通っていたら、傘も差さずに空を見上げてるひとみちゃんが
 見えて。声をかけようかなって思ってたら、ひとみちゃんが携帯で電話を
 掛け始めたから、声をかけるのやめたの。そしたら、私の携帯にひとみちゃんから
 掛かってきて。それで、さっきのひとみちゃんの言葉が…」

ピンク色のお気に入りの傘を差している彼女はそう答えた。

「あっ、さっきの言葉は……」

あたしが言いかけた時、彼女があたしの言葉を遮って話を始めた。

「さっきの言葉…ひとみちゃんの気持ち…私、すごく嬉しいの……
 ゴメンね…ひとみちゃんの方に言わせちゃって……
 私もひとみちゃんと同じ気持ち…好き……
 恋愛の対象としてひとみちゃんのことが好き……
 でも、私、怖くて言えなかった……
 もし、私の気持ちを言ったら、ひとみちゃんが私のそばから
 離れるんじゃないかって……」

信じられなかった。
彼女があたしと同じ気持ちでいたなんて。
そして、同じように恐怖に悩んでいたなんて。
でも、嬉しかった。
彼女もあたしのことを好きと言ってくれてから。
今は彼女への想いが通じたから。
でも、目の前にいる彼女は泣き出してしまった。

「ゴメンね…私から伝えなくて……」

その言葉を何度も繰り返しながら、彼女は泣き続けた。
だから、あたしはとにかく彼女を抱きしめた。

「いいよ、そんなの。こうして気持ちが通じ合ったんだからさ」

そして、あたしはさっき雨に涙を拭ってもらったように彼女の涙を
そっと拭ってあげた。

あたしは彼女に安らぎを与えられるんだろうか。
あたしは彼女を幸せに出来るのだろうか。
正直なところ、わからない。あたしは不器用だから。
でも、彼女があたしに安らぎや幸せを与えてくれるお礼に
あたしは彼女が不安を感じている時には優しく抱きしめて、
泣いてる時にはそっと涙を拭ってあげればいい。

 

 

彼女の傘を打ち付ける雨の音はまるであたしたちを祝福しているようだった。