「おはよぉ、ひとみ」
「おう、おはようぉ」
あくびを噛み殺しながら自分手の甲に埋め込まれたのチップをかざす。
ったく面倒臭いね、こういの。
昔はこんなのなくて普通に門通ればよかったんでしょ?
冬なんて寒いじゃん。
ポケットから手、出すの。中途半端に科学の発達した現在。
便利っつぅか不便っつぅかよくわからない今。
探し出そうとすれば探し出せる情報や、空を飛ばない車。
昔、何処かで読んだ漫画みたいに世界はそこまで進歩していない。
あ、でも昔はダメだったらしい同性同士の結婚は出来るようになっている。
あたしの家のお隣さん両方とも女の人。
結婚していて体外受精で妊娠して子供もいる。
まぁ、別に普通なんだけどね。
そして制服着用が義務付けられたあたし達学生。
学生という身分の人は全員が制服を義務付けられている。
学校によって制服は違うけど、朝の通学時間になると、似た様な制服が駅に溢れている。
ちなみにあたしの学校の制服は上下深い緑色。
で、袖とズボンの横には赤い線が入っている。
分かりやすく言うと、自衛隊の音楽隊みたいなみたいなヤツだ。
始業式や終業式とかじゃ帽子まで冠んなきゃいけないっていうんだから、その時は
本当、ここは学校じゃなくて軍隊ですか?って言いたくなる。
何でこんな決まり作ったんだろうね、本当。
ウチらは軍隊予備軍ですかっての。
補足だけど、ズボンでもスカートでもどっちでも好きなのが選べる。
あたしはズボン。
スカートなんて動きにくくてしょうがない。
「梨華ちゃんおはよう」
「ん、おはよう」
そだ、あたしの名前は吉澤ひとみ。
19歳。
普通にそこらにいる学生と同じ学生だ。
「早く行かないと遅刻しちゃうよ」
で、このちょっと色黒だけど、可愛い娘は石川梨華ちゃん。
現在19歳。
あたしが片思い中の相手。
「んだね、早めに行こうか」
梨華ちゃんとはこの学校に入って友達になった。
学年的には一つ上になるんだけど、梨華ちゃんは他の大学を1年通ってから、こっちの大学を
また受験し直した。
だから、同じ学年。
でもって同じクラス。
あたしの片思いはまだまだ続きそうな感じだけど、大事な友達。
「梨華ちゃん明日提出のレポートやった?」
「ひとみちゃん、またやってないの?」
「・・・ははっ」
何も言わないけど、いつも手助けをしてくれる。
いや、あたし別にこれが目的でギリギリまでやらないってワケじゃないからね。
教室に入室する時もこの手の甲のチップをかざさなければいけない。
別にかざさなくても勝手に認識してくれればいいのにって思うけど、まだこの学校は
そんなの導入されてない。
結構なお金、かかるからね。
別に不精しなきゃいいだけだからって理由で導入もしてないのかもしれない。
ま、そんなのあたしには分からないけどさ。
このチップは身分証明書だ。
運転免許証とか保険証とかそんなのは全部この中にデータとして入っている。
便利でもあるけど、何か、いつも監視されているみたいであたしはあんまり好きじゃない。
生まれた時に埋め込まれ、死んだ時に取り外される。
チップがなくなるっていることは、この世から存在しなくなるってこと。
生きていく為には必要不可欠なモノなんだ。
だから、犯罪もある。
チップを他人から奪い、それを高値で売る。
奪うのは簡単。
その人を殺しちゃえばいいんだもん。
チップさえ傷つかなければ書き換えだって出来るらしい。
もちろん、相当な技術はいるらしけど、作る人がいるんだから、書き換える人がいたっておかしくない。
そんなもんだ。
この世界は、そんなクリーンな世界じゃない。
銃の所持は禁止されているけど、ニュースでは発砲事件とかよく流れているし、
その映像だって流れている。
何処からか出回っているんだ。
薬とかと同じでね。
そんなに酷いっていうワケじゃないかもしれないけど、おばあちゃんやおじいちゃんは
『昔はこんなに酷くなかったんだよ』と言っている。
「歴史とか文化とか生活とかって変わっていくもんだよね」
あたいしの呟きに隣の梨華ちゃんは何となく頷いてるって感じ。
・・・いいよ、別に独り言だもん。
今の若者の時代は今の若者の時代なんだ。
全く変わらないなんてありえないと思う。
席に座ってウィンドウを開いた。
もう、授業が始まる時間だ。
* * * *
「今日梨華ちゃん暇?」
昼休み。
もうすぐ秋になるこの季節。
緑の葉ももうすぐオレンジ色になるような季節。
校内の芝生にはあたし達の以外にも結構人がいた。
まだ、温かいからね。
「明日提出のレポート手伝いでしょ」
「さすが梨華ちゃん。わかってらっしゃる」
「何で夏休みに出された課題を前日までやらないのさ。
一晩で終わる量じゃないのくらいわかってるでしょ?」
だってさ、時間ありすぎるとまた今度でいいやって思っちゃうもんでしょ。
梨華ちゃんは隣で『いいかげん学習能力つけなよ』とか言いながらサンドウィッチを頬張っている。
・・・毎度毎度、お世話かけます。
「BLUE×BLUEのケーキ1ヶ月ね」
「・・・マジすか」
「2ヶ月でもいいよ」
「・・・了解っす」
BLUE×BLUEというのは学校から少し離れた所にある飲食店。
夜は酒と音楽が溢れているような店。
そんなメジャーな場所でもないんだけど、知る人ぞ知るってやつだ。
隠れた名店。
メニューは何でもあるんだけど、材料がいいんだか値段が高い。
昼間あたしみたいな貧乏一人暮らし学生がほいほい行けるような所じゃない。
夜は酒メインだし、そんな高いってワケじゃないけど、ともかくケーキとかは高いのさ。
ちなみに、夜は20歳になってなくても、入り口の人にちょっと多めに渡せば入れさせてくれる。
世の中まだまだお金世界だ。
「今日梨華ちゃん家行っていい?」
「別にひとみちゃんの家だっていいじゃん」
「梨華ちゃんの家、行ってみたいのさ」
梨華ちゃんの家はとんでもなくでかい。
本人は呼ばれるのを嫌っているが、お嬢様ってやつだ。
「手伝わないよ」
そして梨華ちゃんは自分の家があまり好きじゃないらしい。
だからか知らないけど、あたしはまだ一回も家の中に入ったことがない。
梨華ちゃんの家がでかいっていうのも、家が何処にあるのか聞いても全然答えてくれないから、
帰りに強引に梨華ちゃんにくっついていって知ったんだ。
「わかったよ、ごめんごめん。でも、ウチ御飯はコンビニ弁当だよ」
「いいよ、別に」
家庭のことに触れられるのが嫌みたい。
以前、少しだけ家族のことに触れるような話題になったら、梨華ちゃんはすごく暗い顔になった。
すごくって言っても表情はかわらないんだけど、目が、すごく暗くなった。
だから無理に聞こうとは思わなかった。
思えなかった。
触れたらいけない部分。
そんな気がしたから。
「じゃぁ行こうか」
「午後の授業どうするのさ」
「だって私達二人で夕方から始めて明日の朝までに終わるはずないじゃない」
そう言うと梨華ちゃんは残りのサンドウィッチを口に押し込んで、それをお茶で流し込んだ。
『梨華ちゃんがいたら出来る気もするんだけどな』
という意見は自分の中に押し込んで、あたしも残りのベーグルを口の中に押し込んだ。
・・・まだまだ秘密ってワケね。
学校を出る時、門ですれ違った友達に『昼間から元気だな』って言われて『バーか』と
返したものの、気になって梨華ちゃんの方を見た。
その表情は特に何の変化もなくて、ただ普通に歩いてるだけだった。
* * * *
部屋に響く音楽。
狭い部屋でノリノリになって文字を打つあたしとひたすらすごいスピードで文字を打っていく梨華ちゃん。
ちなみに無言。
ただひたすら作業してるってヤツ。
ボードとウィンド2枚を開いて作業してるんだけど、あたしの指のスピードの倍以上の速度で
梨華ちゃんの指は動いている。
成績優秀、おまけに美人、ついでに家は超豪邸。
あたしとは正反対で大違い。
価値観も全部違うあたし達が一緒にいることを回りは最初おもしろそうに見ていた。
梨華ちゃんと一番最初に喋ったのは、入学式の日。
格好悪いんだけど、スゲー風邪をひいていたあたしは、式の途中にぶっ倒れた。
それも、床じゃなくて、前に立っていた梨華ちゃんの背中に向かって。
それがキッカケ。
あたしが目覚めるまで、梨華ちゃんが付き添ってくれていたんだ。
『ありがとう』って言ったら『別に』って返されたの、今でもよく覚えている。
それから最初はひたすらあたしが付きまとってたって感じ。
何言っても梨華ちゃんあんまり喋ってくれないし、学校終わればさっさか帰っちゃうし。
友達も、いないみたいだった。
悲しいじゃん、そんなの。
それに、あたしが梨華ちゃんと仲良くなりたいなぁって思ってたから。
多分、相当しつこかったと思うよ、あたし。
いつからか、梨華ちゃんはあたしと一緒にいても嫌な顔しなくなった。
あたしの粘り勝ち。
確か昼休みにいつものように一緒に御飯食べようって言った時。
いつもみたくどっかいっちゃうのかなぁって思ってたんだけど、梨華ちゃんは
黙ってその場でコンビニの袋出したんだ。
あたしが『お?』って顔してたら『あまりにもしつこいから』って言われたんだっけかな。
で、思ったんだ。
あぁ、この人は人付き合いが苦手なんだろぉなぁって。
梨華ちゃんに恋をしはじめたのは、多分、仲良くなってちょっと経った頃。
梅雨に入る前。
学校の隅の方に立っている桜の木の下で梨華ちゃんを見た時だと思う。
その桜の木には、一枚だけ花びらが残ってた。
すんごい頑張って、風に吹かれても頑張って残ってたんだ。
その花びらを梨華ちゃんは見上げた。
その時だと思う。
あたしが、梨華ちゃんに恋に落ちたのは。
「手、止まってるよ」
「ん?あ、ごめんごめん」
思い出から戻ってきてウィンドウに目を戻した。
やべ、全然進んでねぇや。
これじゃぁ本当終わらなくなっちゃう。
「後半の方のデータちょうだい。私の方はもうすぐ終わるから」
相変わらずすごいスピード。
申し訳ないと思いながらもあたしは素直に後半部分のデータを梨華ちゃんの方に投げた。
だって、あたしがこれやったら絶対朝になったって終わらないもん。
「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「じゃぁコーヒーお願い」
あの後、梨華ちゃんのおかげで3時にはレポートが完成した。
結局2/3くらいやってもらっちゃった。
こりゃBLUE×BLUEのケーキ1ヶ月分でも安いくらいだな。
しかし梨華ちゃんは本当すごい。
この量をこんな短時間で書き上げちゃうんだもん。
あたしには無理。
だって集中力ないもん。
そのうえ打つのだって梨華ちゃんみたいに早くない。
「ミルクとか砂糖いらないんだよね」
3時に飲むコーヒーっていうのもいいもんだね。
適当な音楽をかけてマッタリとする。
同じ作業ばっかしてたら肩こっちゃった。
「そうだ、梨華ちゃん。制服のシャツ洗うから貸して」
「いや、別にいいよ。このままで寝れるし」
「ダメ、それはダメ。疲れるでしょ。部屋着かしてあげるから早く脱いで」
・・・ちょっとしたにらみ合い。
いや、にらみ合う理由でもないと思うんだけど、梨華ちゃんってこういうとこ強情なんだよね。
別にいいじゃん、そんなのってあたしは思う。
「・・・後ろ向いてて」
で、いつも折れるのは梨華ちゃん。
そうそう、人の好意は素直に受け取ればいいのさ。
これも最初は嫌がって、制服のまま寝てたんだよねぇ。
次の日制服しわくちゃ。
『直す為にどうせ一度は脱いであたしの服着るんだから同じじゃん』
って言ってからちゃんと着替えるようになったんだ。
「着替え、後ろ置いておくから」
その間に風呂の準備でもしますかね。
たまには豪華に入浴剤なんて入れちゃって。
森の香。
これにしよう。
「梨華ちゃん、先にお風呂入っちゃっていいよ。その間に洗濯しちゃうから」
洗濯機に入れて10分。
洗濯終了の合図が鳴って、自分のシャツと一緒に梨華ちゃんのシャツにアイロンをかける。
電化製品とか売ってる所行けば自動でアイロンのかかるヤツとか売ってるけど、高い。
貧乏人は自分でかけるのが一番。
欲しいけどさ、そりゃ欲しいけどね。
「よっしゃ、終了」
もうこんな時間か。
下手に寝るよりも起きてた方が楽かな。
「タオル、洗濯機でいい?」
「あ、そのままあたし使うからいいよ」
毎回思うけど、濡れた髪ってどうしてこんなに色っぽく見えるのかね。
お風呂上がりの梨華ちゃんは、いつもの三割り増しくらいで色っぽくみえる。
「梨華ちゃん、眠かったらあたしのベッド使っていいから」
そんな思いを隠しながら笑ってみた。
慣れたもんだね、あたしも。
ちょっと濡れたタオルを受け取った時、梨華ちゃんは黙って頷いた。ちょっと熱めに設定したシャワーが体を刺激する。
この瞬間、一日が終わったような感じになる。
ガシガシシャンプーをして、ゆっくりと湯舟に浸かる。
いつもよりもちょっと贅沢した森の香のするお風呂は気持ちがいい。
いいねぇ、いいねぇ、気持ちがいいねぇ。
スイッチを入れて風呂場に音楽を追加。
体の力が抜けていく感覚。
水に一緒になっていくような感覚。
やべ、このまま眠りそう。
「ふ〜ふふ〜ん、ふふふふ〜ん」
眠気を飛ばす為でもなく、ただ何となく無意味に鼻歌なんてうたってみる。
音楽が流れてるくせに全く違う曲とか。
レポートが終わったっていうのと、梨華ちゃんが一緒にいるっていうのと、寝不足っていうので、
あたしは微妙にテンションが高いらしい。
そのテンションに自分を乗せて、お湯をばしゃばしゃ蹴ってみたり、お風呂に頭をぐわ−ってつけてみたり
お湯遊びを一通り楽しんだ。
お風呂から出たた時にはもう梨華ちゃんは目を瞑っていた。
それもソファーで。
・・・ベッド使っていいって言ったのに。
ま、いつものことか。
目を瞑っている梨華ちゃんをお姫さま抱っこをしてベッドまで連れていく。
本当、この娘は軽い。
ちゃんと食べてるのかね。
そんな風に心配したくなる程だ。
いつも疲れたような顔をしている梨華ちゃん。
瞼を閉じたら、軽い振動じゃ目を開かない。
もう4時か。
・・・やっぱし寝よう。
中途半端な眠りでもいいや。
とりあえず寝とこう。
眠い時に寝れるなんて贅沢出来る時にしとこぉっと。
ソファーに横になったら、そこにはまだ梨華ちゃんの温もりが残っていた。
それだけで、ちょっと幸せな気分になった。
「・・・狸寝入りが上手だねぇ」
聞こえたか聞こえてないかはどうでもいい。
寝てても寝てなくても、おやすみの代わりをプレゼントだ。
閉じた瞼を開かせるにはどうしたらいいんだか。
眠りに落ちるまで、頑張ってちょっと考えてみた。
・・・わかんね。
どうしたら彼女を振り向かせることが出来るのか、どうしたら彼女の心を開くことが出来るのか。
あたしのシワの少ない脳味噌じゃ考えつかない。
嫌われてるとは思わないんだけどなぁ。
話せば話してくれるし、何も言わなくたって一緒に行動だってしてくれる。
なんでかねぇ、どうしてかねぇ。
こんなに好きなんだけどねぇ。
でも今告白したってフラれるのは目に見えてる。
だったらもっと振り向かせたい。
昔は遊び人だったかもしれないけど、今じゃ梨華ちゃん一筋なんだよ。
分かってくれてるんだかくれてないんだか。
「別にヒーチャンいいもんねぇ」
眠る前に呟いたら『キショッ』って言われた。
・・・セリフ取られた感じ。
スリープモードに失敗したらしく、音楽は朝までかかっていた。
* * * *
「おまけで紅茶つけといた」
ここはBLUE×BLUE。
この間のお礼でここのケーキを1ヶ月おごることになったあたしは、バイトがなくて、
梨華ちゃんも他に予定がない日にここへ来ていた。
この日の梨華ちゃんはとんでもなく機嫌が悪い。
態度に出しているつもりはないみたいだけど、それがあたしにはひしひしと伝わってくる。
「他に何か御要望は?お嬢さ・・・」
バシンとなる机。
ギリ紅茶は溢れずにカップの中で揺れている。
全く。
肩をすくめるしかないね。
ジョークだって通じやしない。
「悪かった、ごめんね。ったく本当にどうしたのさ」
「・・・ひとみちゃんには関係ないから」
「また、それっすか」
きしむ椅子がギーギー鳴る。
制服姿で椅子を揺らしてタバコをくわえて。
一体何年代の映画なんだか。
自分で自分のこと突っ込んでる自分sage
「火、つけないの?」
「つけていいの?」
梨華ちゃんが黙ってマッチを投げた。
残り一本、軽い箱。
「あんたに愛を届けます...。梨華ちゃんこんな所使ってんだ」
「まさか、ひとみちゃんじゃあるまいし」
「あたしこんなとこ使わないよ。愛のないHしないもん」
「もらったの、知らない人に」
箱を裏がえしたら、書かれた手書きの電話番号。
安い店に汚い字。
梨華ちゃんも大変だね、こんな綺麗だと変はヤツにも声かけられるんだもんね。
有り難く最後の一本をもらってくわえてたタバコに火をつけた。
20世紀のあまりモノ。
値段ははるけど悪くない。
ここじゃどうにかすれば何だって手に入る。
「で、どうだった?」
「何が?」
「やった感想」
「・・・タバコ、まだ残ってる?」
残り一本入ったタバコのケースを投げる。
ポケットから梨華ちゃんのとは違う店のマッチを取り出そうとしたら、手で制された。
顔が近付いてきて、あたしから梨華ちゃんへ火が移る。
「残り少ない資源は大切に」
「・・・失礼しました」
梨華ちゃん、タバコ吸うんだね。
知らなかったよ。
ってか今まで見たことなかった。
「別に、あんまし吸わないよ。ただなんとなくだよ」
さいですか。
まぁそんな時もあるさ。
何となく、うん、悪くない。
「ヘタだった」
「ん?」
「ヘタだった」
「・・・そっか」
その相手はどんなだったのかな。
顔は?体つきは?
優しさに溢れてた?
梨華ちゃんを目の前にしてどんな顔してた?
そこに愛は?
そこに自分は?
嫌だね、こんなの。
嫉妬?独占欲?
カッコ悪い。
でも、人間らしいか。
滑り込んできた灰皿、ナイスキャッチ。
煙りの先じゃ梨華ちゃんがおいしそうにケーキを食べていた。
「聞いたのはひとみちゃんだよ」
「わかってるよ」
拗ねてる顔に紙が飛んできた。
「・・・何これ」
「飢えた狼さんにプレゼント」
そこに書かれた名前と電話番号。
多分、紙の豪華さを見ると高級っていう名前がつくようなお店なんだろう。
「あたし、お金ないし」
「格安で手配してあげるよ」
梨華ちゃんのこれは優しさなのかね。
どうなのかね。
でもさ、ちょっと違ううんだよね。
あたしは渡された名刺に火をつけた。
「言ったでしょ?愛のないHはしないの」
煙りの向こうではまだ梨華ちゃんがケーキを食べている。
あたしが火をつけたことは、予想してたことらしい。
別に驚いた顔もしてないし。
「そだ、ごめんね」
「何が?」
「残り少ない資源を無駄にしたから」
ちょっと、梨華ちゃんの回りを包んでいた空気が柔らかくなった気がした。
「ケーキ、ひとみちゃんも一口食べる?」
「一口だけ?」
「じゃぁあげない」
言葉遊びや体遊び。
そこら辺に転がっているゴミがユラユラ揺れている。
風が、少し強くなったからだろう。
「口移しでちょうだい」
体遊びや言葉遊び。
そこら辺に転がっている紙屑が空に舞った。
風が、もっと強くなったみたいだ。
あたしの口に、ケーキは運ばれてこなかった。
かわりに梨華ちゃんが口にくわえていたタバコがあたしの口へ運ばれてきた。
「間接ちゅーだ」
「・・・紅茶、おかわり」
もうすぐ秋がやってくる。
からみ合わない言葉を置いて、夏はこのまま過ぎ去っていく。
「今日の夜の御予定は?」
「勉強やって、レポート書いて寝る。それだけだよ」
「ふ〜ん」
金髪グラマーのウェイトレスを呼んで紅茶のおかわりと、ついでにコーヒーをもらう。
多めにテーブルに置いたら、ウェイトレスは意味ありげなウィンクをして
おつりを自分のポケットにしまいこんだ。
「ひとみちゃんの今日の予定は決定?」
あたしはおつりを求めたつもりなの。
あの金髪グラマーお姉ちゃんの激しい勘違い。
「そ?でも何だか熱い視線送ってるみたいだけど」
「・・・タイプじゃない」
お金出してまで自分のタイプじゃない人買わないよ。
それにあんな安いお金でOKするってあきらかに危険な匂いするじゃん。
どうなの梨華ちゃん、こういう時助けてくれるのが友達じゃない?
片眉を持ち上げてみた。
手であっち行けみたいにあしらわれた。
だからその手を掴んで、手の甲に口付けをした。
「タバコ、買ってくるよ」
梨華ちゃんは何も言わずに机を指で2回叩いた。
何この合図。
知らないよ、あたし。
わからないけど同じように机を2回指で叩いた。
ウェイトレスのお姉ちゃんはこれを見てもうあたしに興味をなくしたらしい。
なる程ね、ありがと梨華ちゃん。
お礼はあのお姉ちゃんから受け取って。
立とうとした瞬間に手を掴まれて、ゴミを握らされた。
それはぐしゃっと握りつぶされたあたしのタバコの空のゴミ。
はいはい、お嬢様。
ちょっと豪華にいきましょう。
これであのお姉ちゃんの痛い視線から逃れられるなら安いもんさ。
あたしは財布の中身を確認して、風の強い外へと飛び出した。
あぁあ、せっかくセットした髪、これじゃぁくずれちゃうや。
タバコを買って戻ったら、もうお店に梨華ちゃんはいなかった。
風で乱れた髪を撫で付けていたら、ふとっちょめのマスターから手紙を渡された。
梨華ちゃんからだった。
『用事が出来たから先に帰るね。ごちそうさま。R』
用事ねぇ、ま、そういうことにしときますわ。
しかし一行で終わる手紙ってどうなのよ。
もうちょっと愛を込めてくれてもいいんじゃないの?
「フラれちゃったのかい?」
「違うよ」
マスターは何を勘違いしたのか、あたしの肩を叩いてコーヒーを一杯おごってくれた。
だからフラれたワケじゃないっつぅの。
いただいたコーヒーをありがたく飲みながらあたしは心の中で呟いた。
もうちょいこんな言葉遊び、したかったんだけどなぁ。
* * * *
ボフッ
「・・・マジすか」
いつのもように音楽のりのりでキーボードを叩いてたら突然パソが壊れた。
変な煙りが本体から出ている。
ウィンドウも次々に消えていく。
まじかよ。
こんな時にすか。
このレポートは明日の朝までに絶対出さなきゃいけなヤツだ。
珍しくあたしが提出期限1週間前からやってて、あと残りちょっと。
そんな時に起きたブッ壊れマジモード。
「・・・シャレにならないよぉ、これ」
今までの保存しておいた分が入っているディスクを無理矢理取り出して、とりあえず第一段階OK
第二段階はパソを貸してくれる友達探し。
が、見事撃沈。
全員電話の奥で『無理、まじ無理ごめん!』とか。
・・・なんてこったい。
最後の切り札だと思っていた札をいとも簡単に出すことになるなんて。
『・・・本当?』
「嘘ついたってしょうがないじゃん」
『他の人は?』
「皆必死に頑張ってるみたい」
電話の奥で、梨華ちゃんがため息ついたのがわかった。
いや、本当に探したんだよ。
必死に。
でもさ、皆も必死なんだよ。
あたしの友達って皆ギリギリにやるやつらばっかなんだよ・・・。
「お願い梨華ちゃん!!このままじゃ留年決定だよ・・・」
『・・・私の家の近くに来たら携帯に電話して』
「梨華ちゃん!!」
『間違っても1人で入ってこないでね』
そう言うと梨華ちゃんは電話を切った。
ありがたい、マジありがたい。
急いで部屋着から制服に着替えて家を出た。
秋、もうちゃんと上着着ないと寒いくらい。
温暖化とか言われてた時代もあったらしいけど、今じゃ冬が長いんだよね。
寒くなるのが早い。
北風がぴゅーぴゅー吹いて、またまたいつかのようにあたしの髪をめちゃめちゃにする。
ったく、これじゃぁいくらセットしても意味ないよ。
「あ、もしもし梨華ちゃん?うん、そう。もうすぐ着くよ」
途中コンビニで温かいお茶を買って、ついでに夜食もちょっと買った。
梨華ちゃんが食べるかどうかわからないけどおかしのおまけつきだ。
『近くに広場みたいのあるでしょ?そこで待ってて。すぐ行くから』
はて?なんで家の前じゃいけないんだろう。
でもまぁお邪魔する身。
素直に言われた通りにしよう。
広場みたいな所。
それは本当にその名の通りの場所だった。
広い場所。
広場。
むしろ空き地。
何もない。
あるのなんて足元の土くらいだ。
「子供が遊ぶにはいい所だねぇ」
まぁ、今どき外で遊ぶ子がいるかどうかは疑問だけど。
こんな広場で制服のポケットに手ツッコンデ立っているあたしを、通り過ぎる人はどう見るのかね。
どうしよ、変質者とか思われたら。
「はぁやく来い来いクリスーマスー」
「待ってもないくせによく言うよ」
冷静のツッコミ。
まぁ放置よりはいいけどさ。
「夜分遅くに申し訳ない」
「だったら来ないでよ」
「嘘、嘘ごめん。ありがとう」
振り返ったら予想範囲内な不機嫌さでダルそうに立っている梨華ちゃん。
不機嫌な顔してても可愛いねぇ、可愛いねぇ梨華ちゃん。
そんな梨華ちゃんが事務的な言葉で喋り出した。
「覚えてね」
「何が?」
「私の部屋に入るまで、私から1メートル以上離れないで」
「あたしのこと大好きなんだね」
「じゃないとひとみちゃん、殺されちゃうから」
フリーズ一発風吹く北風。
可愛い顔してサラリと何てこと言うんですか。
「嫌でしょ?レポートのおまけで殺されちゃうの」
悪い冗談っすかね。
だったらあんまし笑えないよ。
軽く笑った方がいい?だったら笑うよ。
どんなに、寒くても。
笑ったあたしを見て、梨華ちゃんはどう思ったんだか。
後ろ姿が『ついてきて』って言ってる。
だから言われた通りに1メートル以内、ぴったりちょっと後ろキープでばっちりマーク。
ちょっとした浮かれ気分でその背中を追った。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
そんな浮かれた気分が消え去ったのは、広い庭を抜けてデカイ鉄の扉を通った時。
時代遅れのような服装、上下黒のスーツ、白のシャツで黒いネクタイの人が二人、
扉の横で銃を持ちながら梨華ちゃんに向かって頭を下げた時だ。
銃口はこっちに向けられてなかったけど、視線が、痛いくらいに刺さっているのがわかったから。
その視線に込められていたのは、敵意、殺意。
歓迎の眼差しなんかじゃなかった。
「友人よ、よしなさい」
「はっ、失礼しました」
黒服の男が一歩後ろに下がり、梨華ちゃんは真直ぐ前だけを見て歩き始めた。
いつもと違うピリピリした空気に負けないように、あたしは梨華ちゃんの背中を追った。
こんなデカイ家なんだから、ボディーガードかなんかなのかな。
金持ちの家っていうのも色々大変なんだろぉなぁ。
背中にまだ視線を感じながら、そんなことを考えた。
1階の中央には螺旋階段があった。
綺麗に磨かれていて、入り口から続く赤いマットがひかれている。
まるで映画みたいだ。
シャンデリアに赤いマットのひかれた螺旋階段。
今すぐに舞踏会が開けるんじゃね?これ。
ついつい物珍しさにキョロキョロしながら階段を昇っていたら、ガツンと肩に衝撃を感じた。
振り返ったら焦ったように小走りで階段を下りていく女の人が視界に入った。
服装は見るからに家政婦。
いや、焦るのもわかるけどさ、ぶつかったら普通謝るでしょ。
きょろきょろしてたあたしも悪いかもしんないけどさぁ。
梨華ちゃんは、その光景を少し冷めた眼差しでいていた。
そして女の人の変わりに『ごめんね』と呟くように言った。
今と昔が複雑にからみ合ったようなこの家は、華やかな照明の影に隠れるように、監視カメラや
小さな筒のようなものが所に取り付けられていた。
あの筒、遠隔操作の出来る銃じゃなかったっけ。
少し前に、テレビで特集組んで放送していたのを見た気がする。
まぁ、でも聞く程のことでもないか。
別にあたし悪いことしに来たワケじゃないし。
梨華ちゃんの部屋は、3階だった。
3階中央部。そんな場所。
入り口には今じゃ珍しい木製の扉が取り付けられていた。
「・・・すげーひれー」
何この部屋。
普通に生活出来るんじゃね?
ってか今あたしが住んでる所よりも広いじゃん。
「上着、そこにかけておいていいから」
デカイ本棚にぎっしり詰まった難しそうな本。
キングサイズのウォーターベッド。
デカイテレビにアナログのレコードプレーヤー。
すげーこれ何年前のもんだよ。
絶対高い。
ありえないくらい高いはず。
「レポート、いいの?やらなくて」
入り口に突っ立ってボケ−ッとしているあたしの耳に、パソを起動させる音が響く。
あぁそっか、レポートやりに来たんだっけ。
あまりの凄さにすっかり忘れてたよ。
「このハンガー借りるね」
「そこにあるのは適当に使っちゃっていいよ」
隣には梨華ちゃんの制服がかけてあった。
こうして並べてみると、自分のよりも随分小さいのがよくわかる。
ってか、あたしがデカイだけか。
「ねぇ、ねぇ」
「何?」
「トイレって何処にある?」
さっきまで寒い外いたからさ。
ちょっと冷えた。
「ひとみちゃんの右手側。扉あるでしょ、そこ」
すげー、部屋にトイレまで完備っすか。
何でもあんだね、この部屋は。
ベルトに手をかけながらトイレを借りようとした時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
梨華ちゃんの返事を待って開けられた扉からは、さっきの家政婦さんらしき人が入ってきた。
「何か用事?」
「あの、お嬢様、ぼっちゃまを見かけませんでしたか?」
梨華ちゃんに兄弟なんていたんだ。
初耳だ。
ずっと一人っ子だと思ってた。
何となくベルトをいじりながら会話を聞いていた。
梨華ちゃんが見ていないと答えると、家政婦さんみたいな人は頭を下げて部屋を後にした。
「兄弟いたんだ」
「一つ違いの弟」
梨華ちゃんはそれだけ言うと、着ていた上着を脱いでベッドに座った。
・・・刺激的な格好してるじゃないの。
キャミソールっすか。
「ズボンぬぐなら向こうでね。私、別にひとみちゃんの下着に興味ないから」
何となくいじっているウチに外してしまった ベルトに視線が向けられていた。
こりゃまた、失礼しました。
「この部屋って禁煙?」
レポートをはじめて数時間。
現在1時50分。
うし、これなら3時前には終わるべ。
だからちょっとくらいなら休んだって大丈夫だろう。
「私ももらっていい?」
返事の代わりの答え。
寝ててもいいって言っといたのに、梨華ちゃんはベッドの横になって本を読んでいる。
何が何でもあたしの前で寝るつもりないんだね。
別に寝込みを襲う程あたし腐ってないよ?
眩しいくらいに肌を露出させている梨華ちゃんにタバコを投げたら、指でちょいちょいと呼ばれた。
呼ばれるままに近付いて、唇を近付けるようにタバコを近付け明かりを灯す。
なるほど、残り少ない資源は大切にしないとね。
梨華ちゃんが少し横にずれてくれたので、甘えてベッドへ座った。
ほどよく温かいベッドの温度。
こりゃぁ快適な眠りが出来るわ。
しばらくボーッとタバコをふかしていると、梨華ちゃんがチラリと時計を見て、
くわえたタバコの火を消し潰した。
どうしたんだろうと思いっていると、あたしの手からもタバコが奪い取られる。
「3分間、私に頂戴」
頷く前に、ネクタイに手をかけられた。
ん?どうしたんすか??
喋ろうと思った口を手で塞がれた。
・・・こういう時って唇で塞ぐんじゃないの?
小声で『黙ってジッとしてて』って言われたから素直に頷いた。
突然だったけど、こうやってやられるのも悪くない。
ゆっくりとネクタイが外されて、同じようにゆっくりと上からボタンが外されていく。
この静寂の中、自分の好きな人が肌を大きく露出させているような服を着て、自分の服に
手をかけていると思ったら、ガラにもなくえらく緊張してきた。
中途半端にボタンを外され、中途半端に肩からシャツが落ちていく。
そういや、何で3分なんだろ。
考えた瞬間に扉から2度ノックの音が聞こえて、この部屋の主人である梨華ちゃんの
返事を待たずに扉が開いた。
「何だ、お楽しみの最中か」
知らない声。
誰これ。
「出て行ってもらえますか」
「・・・そうだな、中途半端じゃ姉さんにも、そっちの子にも悪いしね」
『ごゆっくり』
この言葉を残して影が去って行った。
あっという間。
時間にして数秒。
嵐よりも早く、嵐よりも静かに。
逆光で顔は見えなかったけど、多分、梨華ちゃんにタメ口きいてるんだから、
今のが、きっと、梨華ちゃんの、弟。
・・・感じ悪っ。
扉を睨みつけていたら、梨華ちゃんがあたしのシャツから手を離した。
「3分終了。ありがと、助かったわ」
そう言うと梨華ちゃんはシャワールームへすたすたと消えて行った。
で、取り残されたあたし。
中途半端にシャツ脱げてるし、ネクタイもほどけてる。
ちょっとムラムラきてたところのいきなりのお預け。
・・・なんスか、これ。
乱れた服装のまま、しばらくベッドの上に座っているあたしの耳に、シャワーの音だけが
ガンガン響いてきていた。
このシャワーも、別に何かがはじまる合図でもないのね。
さっきの嵐よりもタチが悪い。
3分間で火をつけられて、3秒後には水をぶっかけられた。
変なゲームに巻き込まれて、何もしないうちに最下位になった感じ。
何だか面倒だったから、あたしは乱れた服装のまままたレポートを打ちはじめた。
シャツが肩からずれてて少し気持ち悪くたって問題ない。
ネクタイが襟元から落ちそうだって問題ない。
あぁ、なんかガス抜きされた。
成就されない思いがプらプらとそのへんを漂っているみたいだ。
魂抜。
突然火がついた自分もどうかと思うけど、でもさ、あたし梨華ちゃん大好きなワケさ。
そりゃ、盛り上がったりもするよ。
見える肌も、少し触れられた時の指先にだって、どきどきするさ。
あぁため息。
駄目駄目。
そう思ったって、ため息ため息。
ダメだ、落ち着かない。
こんなんでレポートしたって手につかない。
酒なんて買ってないし、ガムだって買ってない。
レッツ喫煙。
ベッドに無造作に置かれたタバコ。
その近くに、さっきまで梨華ちゃんが座っていた。
その映像が脳内で再生されて、少し、赤くなった。
触れたベッド。
残る温もりは、梨華ちゃんのモノではないんだろう。
それでも、触れただけで赤くなった。
・・・中学生みたい。
純粋に人を好きになったこと。
そんなの小学生ぶりだった。
『好き』
純粋に好き。
誰かが好き。
一緒にいるのが好き。
単純に人を好きになれなくなったのは、中学生くらいからだっけ。
背伸びしたくて、無理に吸ったことのないタバコ吸ってみた。
全然旨いなんて思えなかった。
でも、タバコを吸っている姿を自分で想像して、何かカッケ−くね?
なんて思ったりしていたから、満足だった。
中学って、あたしの中で一番背伸びがしたい時期だった。
タバコ吸うのも、親に隠れて酒を飲むのも、いつの間にか消えた恋愛感情を笑って話すのも。
何だって出来る。
それが、かっこいいと思ってた。
悪ぶってみたり、優等生ぶってみたり。
体育で活躍してみたり。
言い寄ってきてくれる子がいるのは、悪い気がしなかった。
だから、好きでもないのに、カラダを重ねたりもした。
カッコつけたがり。
そんなだったんだっけかな。
それが身について、ここまで来た。
きっと、同じようなことして成長してきた子達が沢山いる。
それが普通で、それが同じくらいの世代じゃ当たり前だ。
出回る名刺や、出回る情報。
飛び交う言葉や、飛び交う物。
皆、まだまだそれがかっこいいと思ってる。
あたしもそうだった。
梨華ちゃんに、恋をするまで。
好きな人が出来ると、世界がかわる。
愛のないSEXなんて何がカッコよかったんだろう。
何が気持ち良かったんだろう。
あれ?そういえばあたしそんな感じてたっけ?
いつも攻めてた気がするな。
気取って吸ってたタバコ。
気取って飲んでたお酒。
自分をよく見せようとするアイテムだった。
金髪に染めてみたり、黒く染めてみたり。
色々なこと、した。
でも消えた。
全部、変わった。
梨華ちゃんが、変えてくれた。
気取らず吸うようになったタバコ。
旨いと思うお酒。
カッコつけるとかじゃなくて、ただ、何となく染めるようになった髪。
まぁ、もっとカッケくなって梨華ちゃんに振り向いてもらいたいってのもあるけど、
でも、今は違うカタチで側によりたい。
近付いていきたい。
時たまする言葉遊びは楽しかったりするけど、でも、本当はもっと触れたい。
・・・熱っ。
ドキドキする気持ちを抑えようとして、タバコを掴んだ。
カッコつけるんじゃない。
これが、今の、あたしのスタイル。
椅子を少し倒して、テーブルに置いてあった灰皿を近付けた。
灰皿タバコに残り少ないマッチ。
ウィンドウがチカチカ光ってて、何か目が痛かった。
自分の梨華ちゃんに対する感情をまた確認して、ちょっとドキドキもしたけれど、
今はそれよりも頭を離れないことがあった。
ボフーッて吐き出した煙りがモクモクカタチを変えていく。
煙りがカタチをつくり出す。
さっきの、出来事の。
あの弟、何しにここに来たんだろう。
人を見下したような態度とかムカツクからあんまし思い出したくないけど、
気になってしょうがない。
さっきの空気からして仲の良い兄弟ってワケでもないみたいだし、弟も姉である梨華ちゃんを
姉として見ているワケでもなさそうだ。
『姉さん』
そんなの言葉だけだ。
そんな感じ。
逆光で見えなかった顔。
でも、部屋から出ていく時に一瞬見えたあの冷たい目。
今、思い出すと吐き気がしてくる。
あんな目を、梨華ちゃんはしょっちゅう向けられているんだろうか。
だったらたまったもんじゃない。
見下されている。
卑猥な目で見られている。
感じ悪い。
気持ち悪い。
出来れば一生会いたくない。
そんな目をしたヤツだった。
愛していけるならずっと梨華ちゃんを愛していきたい。
叶えられるなら一緒になりたい。
だからその家族も愛さなきゃいけないのかな。
そんなこと、考えたこともあった。
でも、頑張ったって、そんなこと出来ない気がした。
梨華ちゃんのこと、あんましあたしは知らない。
近くにいれて、今は満足。
きっと、梨華ちゃんの心に触れるにはまだまだ時間がかかると思ったから。
急ぎすぎると、絶対に梨華ちゃんを傷つけるって分かっているから。
ここに来て、分かったこと。
梨華ちゃんは、学校だけじゃなくてここでも独りだ。
隙間をうめる為に、きっとカラダを重ねた時だってあったと思う。
でも、肉体の距離が近付いたって、梨華ちゃんの思いは満たされない。
無理矢理にでも近付いてくるヤツなんてこの世の中、そんなにいない。
いるとしたら下心あり。
純粋なんかじゃないヤツばかりだ。
だから、皆が人との関わりなんて極力少なくしようとする。
綺麗な心のヤツの方が、あっという間に死んでしまう。
騙されて、殺されて、売られる。
そんな世界がここにはあるから。
きっとあたしのようなヤツの、かなり珍しい。
『友人』
こう呼べる人がいるのはどのくらいなんだろう。
『仲間』
こう呼べる人がいるのはどれくらいなんだろう。
独りっていうのは、結構寂しい。
こっちが友達と思っていても、相手にとってはただのクラスメイト。
境界線なんて人がそれぞれ引くものだ。
人に惹かれて人に興味を持つ。
だから人は人に近付きたいのかもしれない。
あたしは梨華ちゃんに興味を持った。
そして、恋に落ちた。
ここの人達は、一体なんだんだろう。
優しさの欠片すら見れなかった目。
つかみ所を見せない梨華ちゃん。
切り取ったような1場面を見ただけだけど、ぐちゃぐちゃだ。
1週間もいれば胃をやられてしまう気がする。
前にも言ったけど、この世界はクリーンじゃない。
裏切られる気持ちにおびえる人間関係。
試し試される駆け引き。
疲れることだってある。
でも、楽しいことだってある。
知りたいとか、知ろうとするのは悪いことじゃないと思う。
もちろん、限度はあるけど。
さっきの梨華ちゃんの弟。
知りたいというよりも、欲しい。
きっとそれだろう。
あまり、気分のいいもんじゃないけど、ヤツは、きっと梨華ちゃんのカラダ目当て。
言葉の駆け引きよりもタチの悪い。
優しさなんて見せないで、ただ、何かをしている。
もし、関係があるのなら、きっと、そこにあるものはない。
遊ぶ言葉。
傷つけるだけの遊ぶ言葉ならそんなもの投げ捨ててしまえ。
あたしはそう思っている。
傷つく為のカラダの関係。
傷つきたいのだけならそれはいいだろう。
でも、そんなの悲し過ぎる。
きっと、もう慣れていたから、今回が最初じゃない。
何度も、同じ時間に、アイツは現れている。
梨華ちゃんのカラダは、アイツにもう見られたんだろうか。
もう、触られたんだろうか。
もう、挿れられたんだろうか。
梨華ちゃんが、家に入れたかった理由は何?
これ?
それとも、もっと別のこと?
わからないけど、正直今あたしは自分の考え出した答えに対して嫉妬をしていた。
嫉妬?
そんな可愛いもんじゃないか。
これは、もっと別のこと。
なんだあたし。
まとまらない言葉。
まとまらない思い。
とっちらかってやがる。
言葉と思考がまとまっていない。
イライラしている証拠だ。
「タバコ、握り潰してて楽しい?」
いつからそこにいたんだろう。
振り返ったら、梨華ちゃんがさっきと同じ、露出の激しい服装で真後ろに立っていた。
少し冷めた目。
・・・そうか、干渉されること、好きじゃないんだもんね。
そんな触れられたくないこと?
知られたくないこと?
「何となく、握りつぶしてみたかったんだよ」
「そ、早くレポート。終わらせちゃいな」
また梨華ちゃんはベッドに座り、読みかけていた本に手を伸ばした。
あたしは、握りつぶしていたタバコを灰皿に投げて、だらしなく着ていたシャツのボタンをしめた。
とりあえず、レポートやろう。
切り替え、切り替え。
首を鳴らしたつもりだったのに鳴らなかった。
ちぇっ、何か決まらないや。
これでいい。
今は、これでいい。
もう少し時間をかけよう。
梨華ちゃんがまた独りっきりになってしまわないように。
愛は与えるもの。
あたしってまさにそれ?
あ、違うか。
ユルイとか言われるけと、自分じゃ結構繊細と思っているあたし。
いつか届け、梨華ちゃんに。
そしていつか、知って欲しい。
誰かを『愛』するっていう気持ちを。
ははっ、あたしってば何かキザじゃない?
綱渡りをしているのは、あたし達も同じなのかもしれない。
決まった範囲以外は踏み込まない。
いつだってその線を足で消そうか、飛び越えようか、そのままでいようかを計っている。
一定の距離感を保って、確信に触れない。
でも、あたしは梨華ちゃんと一緒にいたい。
いいじゃん、純粋で。
何か、カッケくね?あたしって。
切り替えられた思考で作業開始。
そして無事、レポートは3時過ぎに終了しました。
恋愛感情なんて、上手いことコントロール出来るもんじゃない。
好きなもんは好きなんだし、側にいたいもんは側にいたい。
嫉妬だってするし、独占欲だって出てくる。
いいじゃん、人間らしくて。
あたしは、こんな自分、ちょっと好きだったりする。
で、いつか梨華ちゃんに好きになってもらいたかったりする。
あたし達は若い。
まだまだ、若造だ。
でも、精一杯、生きてるんだ。
* * * *ダルー。
何これ。
風邪っすかねぇ、最悪。
マジ最悪。
「・・・何変な顔してんの?」
「・・・ちゅーっす梨華ちゃん」
変な顔なんてしてないもん。
普通だもん。
「風邪でもひいたんだ」
「みたい」
「そ、お大事に」
・・・冷たいんじゃないの。
すんごく。
それって。
「ヒーちゃん一人暮らしなんだ」
「知ってるよ」
「風邪ひいちゃったんだ」
「今聞いたよ」
「看病して」
「イヤ」
「いいじゃん」
「イヤだ」
「・・・ヒーちゃんが高熱にうなされて翌朝ぽっくりいってもいいの?」
「・・・。」
風邪に良くきく薬。
それはきっと
「じゃぁ今から寝かせに行ってあげる。帰るよ」
愛だ。
「寝言は寝てから言ってね」
それがたとえ一方通行でも。 * * * *
「最近授業サボるようになったねぇ」
「黙って寝てなよ」
学校まで頑張って行った意味なんてない。
到着一分後には学校出て家戻ってきちゃった。
そんで家で熱計ったら38度どか。
こりゃ体ダルイはずだわ。
制服脱ぐのもだるくてそのままベッドに飛び込んだ。
梨華ちゃんはアイスピックで氷を砕いている。
ありがてー、氷枕とかまじ嬉しい。
「何か飲む?」
「あぁ、じゃぁスポドリなんか」
冷蔵庫をがさがさしている梨華ちゃんを横目に、上着を脱いでネクタイを緩めた。
あぁもうぉだるい。
風邪なんてひくもんじゃないよ。
でもまぁ、こうやって梨華ちゃんが看病してくれるのは嬉しいけどさ。
あ、氷枕ありがとう。
気持ちいいよ。
「薬は?」
「その棚の中」
すでにダルダルモードのスイッチが入っていたあたし。
何も言わずに薬を飲ませてくれる梨華ちゃんに感謝しながらそのまま目を閉じた。
「じゃぁ私、学校戻るから」
強烈な薬の力で眠りに落ちたいくあたしの耳に、冷たく響く、聞こえた言葉。
・・・本当、寝かせに来てくれただけなのね。
* * * *
「これ、昨日のお礼」
お昼。
ばっちり寝坊したあたしは午前の授業を見事サボった。
1日で直る奇跡的回復力に自分でも驚き。
やはり愛の力だね。
「別に、お礼されるようなことしてないし」
「いいのいいの、こういうのは素直に受け取っておきなって」
中身、ベーグルだけど。
安物じゃなくてBLUE×BLUEのベーグルね。
ちょっと高いけど、あたしが知るなかで一番美味しい。
「何かいつもよりも精気ない顔してんね。
あたしが風邪でぐったりと寝込んでる間にまた誰かとヤッたの?」
「最低だったけどね」
いや、あたしそんなマジな返事期待してなかったんだけど。
いつもみたくサラリと流してくれるの期待してたんだよ。
そんなマジな顔されてベーグル食べられたらフリーズっすよ、あたし。
それも、機嫌悪いでしょ、梨華ちゃん。
「ひとみちゃんこそ、最近どうなのさ」
何その挑戦的な眼差し。
珍しい、いつもはそんな興味も何もないような目するくせに。
どうしたのさ、今日ちょっと変だよ。
「だからあたしは愛のないHはしないって言ってるでしょ。
いつになったら信じてくれるのさ」
「昔は結構な遊び人だったんでしょ?有名だよ」
それは、過去のこと。
今は違うの。
「遊び人なんて言われるのは不本意だよ。
相手が求めてきたから答えてあげてたんじゃん」
「それが遊び人だって言うんだよ」
・・・そんなの梨華ちゃんだって同じじゃん。
きっと、重ねる意味は違うんだろうけど。
でも、何。
どうしたの。
積極的に話をするなんて珍しいじゃん。
「体調、もういいの?」
「ん?あぁ、全然平気。愛の力さ」
「まだ熱あるんじゃない」
風が吹いた。
髪が揺れた。
それだけなのに、梨華ちゃんを取り巻く空気が見えた気がした。
昨日までとは違う。
そう、違う空気が流れている。
「梨華ちゃん、今日は何か饒舌だね」
「・・・そうかな」
饒舌。
自分から話をする=触れられたくない話がある。
ってことになるのかな。
昨日あたしが寝ている間に何かがあった。
そんな気がする。
きっと他の人が見てもわからないくらいの変化。
でも、同じ時間を過ごしている時間の長いあたしには、すごい変化。
饒舌だからじゃない。
空気が違うんだ。
「何か、あった?」
「・・・別に」
そんな遠く見つめて何処行くつもりさ。
あたし、置いて行く気?
勘弁してよ。
そんなのナシだからね。
「気晴らしにどっか行こうか」
ちょっと寒くなったけど、こんくらいなら平気さ。
たまにはちょっと遠出しようよ。
「あたし、車出すからさ」
気晴らし、そう、気晴らし。
嫌なことあったなら、気分転換じゃないけど、一緒にどっか行こう。
立ち上がる気配のない梨華ちゃんの腕を掴んで無理矢理立たせた。
その拍子に落ちてしまったベーグルを拾ってはたいて口にくわえて。
最近サボりっぱなしだけど、まぁいいでしょ。
「いふぉう!」
ニヤッて笑ってみた。
ほら、手、繋いであげるからさ。
独りでいるよりも、一緒の方がいいべ?
「・・・何言ってっかわかんない」
ちょっと悲しそうな顔して、少し、ほんの少しだけ、梨華ちゃんが笑った気がした。
気のせいかもしんないけど、ちょっと笑った気がした。
やべ、何だこれ。
嬉しいぞこら。
「しょうがない、付き合ってあげるか」
素直じゃないね、本当。
でもまぁそこも可愛いんだけどさ。
この空気は何だろう。
まだ、違うけど、でも、頑張って梨華ちゃんが笑ってくれたんだ。
行くしかないでしょ。
手を引っ張るフリして繋いでいるよ。
んな苦しそうな顔とか空気されちゃあたしが辛い。
ぎゅっと繋いでその冷えた手にあたしの愛っていうのを注ぎ込んであげるさ。