夕方、家に帰ると香ってきたのはトマト風味のような香。
今日は吉澤くんが休みの日だったから、夕飯は吉澤くんまかせ。
出かける前に『今日は卵SPです』なんて言ってけど…何作ったんだろ?


「先着替えてて下さい。すぐに出来ますから」

珍しく玄関までお迎えがないから不思議に思って台所を覗いてみたら、
吉澤くんは少し俯いた状態でゆっくりとゆっくりと手を動かしていた。

「何やってるの?」
「闘いです」
「…へ?」

すごく真剣な眼差しのを受けているのはフルフルと震えるゆで卵。
と、いうかなんか温泉卵みたいな感じ。
白身も半熟状態って言ったらきっと正解に近いんだと思う。
すぐ脇に置かれたお皿の上には、白身が割れて黄身が覗いている半熟卵さんがいる。

「もう失敗は許されないんです」

割れちゃってもいいのにって思ったのは、なんだか内緒にしておいた方がいい雰囲気なので、
私は吉澤くんの背中からはがれると、部屋着に着替える為に寝室にひっこんだ。

 

───数分後。

 

額に汗をかいている吉澤くんが私のことを呼びに来た。
闘いには勝ったんだろうか。
どうにも表情からは読み取れない。

「今日はですね、ちょっと自信作なんですよ」

そう言う言葉に引っ張られて、テーブルの前についてみれば、
そこには赤いスープに囲まれたオムライスと温泉卵さんがいた。
ちなみに卵は割れている。
それも二つとも。
『やっぱしまだまだ修行が足りないみたいです』
なんて言ってたけれど、どんな修行が必要なんだろう?

「はいはい、冷めないうちに食べちゃって下さい」

差し出されたスプーンを受け取って、オムライスをさくっと切ろうとしたら…
あれ?なんだかトローリと御飯が流れてきたんですど?

「スープはちょっとピリ辛風味なとろとろオムライスに温泉卵つき」

疑問の答えは料理のタイトルでかえってきた(それもちょっと長い)
全部を説明してくれているような長いタイトルの料理の味はかなりおいしかった。
御飯の感覚としてはおじやって感じかな。
御飯の回りは半熟卵が覆っていて、その回りに少し焼き目のついた卵が囲っていたの。
ピリ辛スープとすごく合ってて食べた瞬間に口で溶けるみたいな。

 

「おいしかったー」
「よかったですよ、そう言ってもらえて」

照れたように笑って食器を運ぶ後ろ姿にまた作ってねーって言ったら
『三ヶ月に一回くらいだったらいいですよー』って言われちゃった。
一体どんな基準でその数字を言ったかは分からないけど、だけどもまぁいいや。
たまにはこんな卵SPな日があったっていいやいいや。
うん、卵激推しな吉澤くんが卵を自由に使っていい日がこんな風にあったっていいよいいよ。

『今度安い日に卵いっぱい買ってゆで卵DAYにしようか』

こう言ったら、吉澤くんは子供みたいな顔して笑った。
だからちょっと高くてもたまにはそんな日作っちゃおっかなーって思った。