そっと触れてみると、目を三日月型に変えて微笑む横顔を
少し高い位置から見下ろして、沈む夕日に目を移した。
高いビルよりも少し低いビルの屋上に、いつも以上に足下に気をつけながら
ゆっくりと上った階段の途中で握った手に、なんだかいつもよりも重みを感じた。

「元気だよね」
「うん」

いつまでも、どこまでも、広がる空をこれから先見続けるのは二人だけじゃない。
もう、二人だけじゃなくなっている。

「よっちゃんももうすぐパパだね」
「梨華ちゃんももうすぐママだね」

零れ出てくる笑みを止めようともせず、二人してちょっと汚れたベンチに腰掛けた。
白い息が溶けるような空色を言葉も交わさずに見つめて目を伏せれば、未来の想像は広がるばかり。
もうちょっと先の未来が楽しみで仕方ない。
不安もないワケじゃないけど、ともかくキミに早く会いたい。

「絶対泣くでしょ」
「泣かないよ」
「嘘だー」
「嘘じゃないですよ」
「あ、なんかその口調久しぶりに聞いたかも」

懐かしそうに表情をやわらげて、右手をぐーっと前に突き出して、
それから僕の頭の上にその手を振りおろす。
何気ない仕種を楽しげに続けながら、他愛もない話で時間を過ごす。
早いなー、本当。もう暗くなっちゃった。
ね、そろそろ帰ろうか。風邪なんてひいちゃったら大変だからさ。

立ち上がる時に手を取って、またその重さをズシッと感じる。
踏み出す一歩が未来に近付く。

「次は海がいいなー」
「じゃぁ暖かくなったら行きましょうかね」

未来行きの切符はいつだってここにある。
行き先はいつだって決めれたりする。
いつまでも。そう、いつまでも。

「早く帰ろう」

きっと、次に見る夕焼けは今日よりも綺麗なんだろうな。
そんなことをちょっと思った。